人間として当たり前の行動が命を奪う結果に
さて上記では、災害直後の二次被害を最大限防ぐためには「帰らない」「迎えに行かない」ことが重要と結論付けましたが、実は、ここが帰宅困難者対策の難しい点になるのです。
というのも、大規模災害発生時に家族を助けようとして一刻も早く自宅に帰るという行為、あるいは都心部で取り残された家族を車で迎えに行くという行為は、人間として・家族として当たり前の行動です。その判断を誰も否定することはできません。しかしながら多くの人がそういった判断を下してしまうと、大都市の交通網は耐えることができず、群集事故を発生させ、また救急活動や消火活動等を大きく阻害して命が失われてしまうわけです。
このような当然の人間心理に反するように思える「帰らない」「迎えに行かない」を徹底させなければ人命を守れないということ自体が、一極集中構造をもつ大都市の宿命と言えるかもしれません。巨視的な人流管理の難しさはコロナ禍で顕在化しましたが、帰宅困難者対策も恐らく同様で、口で言うのは簡単ですが、実際に帰宅行動・送迎行動の制御を実行することは非常に難しい作業と考えられます。
だからこそ、「帰らない」という精神論だけではなく、通勤者個人にその判断や責任を負わせるのみではなく、行政と事業所、そして通勤者本人が適切に役割分担をしつつ、社会全体で「帰らなくてもよい」環境づくりを実現することが帰宅困難者対策の要諦となります。本稿では、通勤者個人と企業がどのような対策をすればよいかを最後に簡単に紹介したいと思います。
職場近くにある一時滞在施設を確認しよう
まず、通勤者個人でできる対策としては、事業所内に備蓄(水・食料・ラジオなど)を準備する、家族との安否確認を取れるようにしておく、就業地の災害リスクや行き場を失った際に受け入れてもらえる一時滞在施設の場所を確認しておく、といった事前の対策が、帰宅しないための環境づくりとして必要と考えられます。
そして何より、帰らなくても心配のないように、自宅の防災対策を徹底するということも、重要な帰宅困難者対策メニューと言えるかもしれません。
一方で大都市に所在する事業所は、社員を帰宅抑制させる環境づくりが重要となります。ただし帰宅困難者対策は、地域特性や事業所の特性、そして災害の規模や発災の時間帯・曜日・天候によって大きく異なります。例えば2021年10月7日の地震時は深夜の発災という特徴が対応を難しくさせましたし、2018年に発生した大阪府北部地震は朝の地震であったため出勤ルールの徹底という課題が大きく顕在化した災害でした。
このため、筆者らは事業所が帰宅困難者の受け入れを検討することのできる図上訓練キット(帰宅困難者支援施設運営ゲーム:KUG)を開発・ホームページで無償公開しています。ぜひともこういった手段を使い、さまざまな状況想定の下で自社の従業員を帰宅抑制させたり、行き場のない帰宅困難者を受け入れたりの判断・マニュアルに生かしていただければと思います。