「子どもがほしい夫」「子どもを持ちたくない妻」の結末

この節では、男性の家事・育児負担と出生率の正の相関関係の背景を分析した経済理論を紹介する(※1)。ここでは直観的に理論の概要を説明することにして、詳細は本書を参照してほしい。

この研究では、夫婦間の交渉モデルをつくり、両者がどのように子どもを持つことに合意するかについての分析が行われている。ここでカギとなるのは、夫婦で将来の家事負担について約束しても、それが守られるとは限らないという点だ。これから子どもを持つかどうかを夫婦が話し合っている場面を想像してほしい。夫は子どもがほしいが、妻は自分に家事や子育て負担が集中しそうなので子どもを持ちたくないと考えている。

このような場面では、夫は子どもが生まれたら自分が家事や子育てを積極的に行うと約束することで、妻を翻意させようとするだろう。この約束が守られると妻が信用すれば、妻は子どもを持つことに合意するだろう。しかし、この約束が将来守られることを客観的な形で担保することはできない(経済学では、コミットメントの欠如という)。

もちろん、夫婦間の信頼関係に基づいて約束を信じてもらうことはできるかもしれないが、間違いなく約束が守られると妻に確信させることは、一般的にはかなり難しいだろう。すると、結局この夫婦は妻の反対により子どもをもうけない。

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「妻が子どもを持ちたくない」国ほど、出生率が低い

そして、この認識は政策上重要な含意を持つ。前章までに紹介した経済理論は、子どもを持つことの費用を下げるような政策は、出生率引き上げに効果があることを示していたものの、そこで考慮されていたのは夫婦全体での費用と便益の比較であり、誰が実際に費用を負担するのかといった視点は欠けていた。

仮に夫婦間で交渉が行われて、将来の家事負担などについて合意できるのであれば、この点は問題にならない。しかし、将来の家事負担について約束ができないならば、誰が子育ての負担を引き受けるのかといった男女間の分配がきわめて重要になってくる。これは家庭内において男女平等化が進むことが、少子化対策として有効でありうることを示しているのだ。

この理論は、「世代間とジェンダーにおける諸問題についての研究プログラム(Generations and Gender Programme:GGP)」から得られたデータをもちいた記述的分析から出発している。この調査では19のヨーロッパの国々の大人を対象とし、家族間関係に着目したパネルデータを作成している。

この研究が最初に注目したのは、夫と妻のそれぞれについて、いま子どもを持ちたいと思っているかどうかに対する回答だ。彼らの主な発見は3つある。

1つ目は、夫婦間で子どもを持つかどうかについて意見の一致がみられないことはめずらしくなく、25~50%の夫婦がそれに当てはまることだ。

2つ目は、妻が子どもを持ちたくないと思っているケースのほうが、その逆よりも多いこと。

そして3つ目は、妻が子どもを持ちたくないと思っていることが多い国ほど、出生率が低い点だ。実際、こうした意見の不一致がみられる夫婦は、そうでない夫婦と比べて、その後の出生率が低いことも明らかにしている。