「パイは限られている」という日本人的発想

【北田】信頼研究をされている社会心理学者の山岸俊男さんは、日本人がアメリカ人に比して一般的信頼――デフォルトで他者を信用する――が低いことを指摘しています。

社会的ジレンマ(個人の合理的な選択が、社会全体として不適切な選択に陥ってしまうジレンマのこと)の実験でも、一般的信頼が高い人ほど高い利得を得るとされている。一般にアメリカのほうが弱肉強食の競争社会のように思われているけれども、実は日本のほうが他者への信頼度は低く、懐疑的で、結果的に協調行動における不利益をもたらしている

この社会心理学的実験は示唆的で、「パイは限られている」という日本人的発想は、他者を一般的に信用するという、協調への期待の貧しさを示しています。一般的信頼が高いアメリカのほうが他者の協調への期待が活発で、要するに「イスが足りなきゃ増やせばいいじゃない」という発想と結びつきやすい。山岸さんは「安心社会」と「信頼社会」という対比を使っていますが、成熟社会派の議論というのは、一般的他者への信頼度を落として、安心できる小規模集団で生きていこうという思想とも言えます。でも、それは成熟というよりは、鎖国と隣組がもたらす奇妙なノスタルジーですよね。

「事業仕分け」はただの財政緊縮策

【松尾】そのとおりで、身内は助け合うけど他人は食うか食われるかというのは共同体的な発想です。しかし、いまや会社共同体も地域共同体も壊されてしまった。そんな中で、低成長社会で限られたパイを仲良く分け合う、と言うと一見いいみたいですけど、現実には熾烈なパイの奪い合いに帰結してしまうと思います。

【北田】まさしく。実際、「成熟社会」を志向していたはずのかつての民主党(当時)も、2009年に政権をとったあとに景気回復などの経済政策をそっちのけにしておこなったのは、事業仕分けなどのただの財政緊縮策でした。一般的他者や未来の社会状態への投資という発想が決定的に欠落している。

財政均衡というのは、「将来世代のため」などと言われてますが、冗談じゃない。社会全体に必要な信頼というメディアを、村社会の論理で冷やしこんでいるだけです。事業仕分けってひとことで言えば、小泉(純一郎)さんと同じことをやっただけじゃないですか。かつての自民党のようにお金をじゃぶじゃぶばらまくのはけしからんということで、「既得権をぶっつぶす」みたいな方向性をなぜか民主党も引き継いで、しばき主義に走ってしまった。結局、国民から一度は託された権力を手放して、最後になしたものが消費増税の約束でしたからね。

【ブレイディ】2009年に政権をとったといえば、リーマン・ショックのあとで世界的経済危機に陥り、経済政策のかじ取りがクルーシャル(決定的)だった時ですよね。英国を含む欧州諸国では、税収が減るからとりあえず財政均衡しないと、みたいな感じで盲目的に緊縮財政に走ったから雇用が悪化して格差が拡がり、現在の政治的混乱やEUの危機を招いたと言われています。日本は、民主党がそれをやってしまったんですね。しかも、残したレガシーが消費増税の約束だったというのは……。格差を是正しなければいけない時に、一般庶民をより苦しくしてどうするんでしょう。