場所は銀座の並木通り沿い。東京メトロ銀座駅近くに佇む「空也」は、和菓子好きのあいだでよく知られる名店だ。看板商品は、最中。ほぼ毎日、予約分のみで売り切れてしまうため、“幻の最中”とも呼ばれている。お世話になった方へ、感謝の気持ちを込めて贈る手土産として、最適だ。

文豪にも愛された店の名物

創業は明治17年。上野の池之端から現在の場所に移って今年で70年を迎える老舗で、古くは夏目漱石や林芙美子ら文豪にも愛されてきた。多くの甘党を魅了し続けてきた名物の最中には、ふたつの特徴がある。ひとつは形。空也の最中は2、3口で食べられる小ぶりのひょうたん型である。愛嬌のあるこの形になった経緯を、4代目の山口元彦さんが説明してくれた。

「空也」4代目店主の山口元彦さん

「店の名前は、空也念仏にちなんでいます。店をはじめた初代が、ひょうたんを叩きつつ踊りながら念仏を唱える関東空也衆のひとりでして、最中も、念仏に欠かせないひょうたんをモチーフにしたようです」

平安時代中期の僧・空也の念仏は、極楽往生を願う人を極楽に導くためのものだったといわれている。それに由来しているというのだから、なんだか有り難い話だ。

もうひとつの特徴は、皮。よその最中に比べて香ばしい“焦がし皮”であることだ。

「初代が、友人である九代目団十郎の楽屋をたずねた際に、ありあわせの最中を火鉢であぶって出してくれたそうです。それをヒントに、皮を香ばしく焼いて商品にしたのだと、代々、言い伝えられてきました」

職人に委ねたあんこが命

そのような興味深いエピソードがあるため、空也の最中は香ばしい皮が特徴だとよく語られるが、山口さんが言うには「あんこが命」。

皮は代々つき合いのある専門店がつくった特注品を用い、あんこは店が入っているビルの7階で、毎朝7時から仕込まれる。北海道の契約農家が減農薬で育てた良質な小豆を煮て、練る段階で機械は使うが、熟練の職人が、煮え具合や水分の蒸発具合、香りを確かめながらベストな状態に仕上げる。

「一連の作業を一にも二にも丁寧に行うことが、あんこづくりの秘訣です」

静かな声でそう語る山口さんは今年77歳。以前は職人としてあんこづくりに精を出していたのだろうと思いきや、「私は職人ではありません。一切つくれないのですよ」と静かに笑う。あんこづくりは職人のあいだで受け継がれてきたのだそうだ。

「親父も職人ではありませんでした。ものが言える立場の店主であっても、あんこづくりのノウハウを熟知していないので、味わいや材料を細工したりコントロールしたりできません。かえってそれが幸いして、昔からのやり方を変えることなく続けてこられたのだと思います」