水は「記憶」を持つか

極度に希釈した溶液の水分子が、水に溶けていたものの情報を記憶している可能性の話に戻ろう。先にも述べたように、この主張は常温核融合への期待と違い、多くの人にすぐさま影響が及ぶ意味合いがとても強い。というのは、ホメオパシー療法を肯定する独立した証拠になりうると理解されていたからだ。

科学ジャーナル『ネイチャー』の、水が記憶するという主張の扱い方は興味深い。高名な科学者のジャック・ベンベニストから、「抗体が溶けた水溶液を10の120乗回希釈しても、その抗体の生物活性を示す証拠が見受けられた」という常識外れな(絵空事のような?)主張の掲載を求めた論文が『ネイチャー』に届いたときの、同誌の編集長ジョン・マドックスの困惑が表れていたと言える。

マドックスには常識にとらわれない斬新で型破りな科学を応援したい思いがあったようだが、ベンベニストの研究結果は、当時確立されていた主流の科学を打ち破るというより、単純に当時の科学の全体像(われわれの比喩を使うなら「イカダ」)に合致しなかった。マドックスはのちにこう述べている。