「コメは余っている」が、「使えるコメは足りない」

ところが、こうした外食・中食用途で求められるのは、炊飯後の食味が安定し、大量調理・長時間保存に適した品種。農家が自主的に作付けする“炊飯向けコメ”とは必ずしも一致しない。このため、市場全体では「コメは余っている」が、「使えるコメは足りない」という“質的な需給ギャップ”が生まれてしまった。

業務用米の大口需要家である外食チェーンやコンビニエンスストアでは、価格と安定供給の両立が不可欠だ。2024年のように新米の入荷が遅れたり、作柄が平年並みでも収量が少なかったりすると、「早場米」を買い控えるなどの動きが出て、価格の乱高下を招きやすくなる。市場が“緊張状態”に陥ったのは、こうしたミクロな判断の積み重ねでもある。

「物流」2024年問題の意外な余波

今回の混乱を拡大させた要因のひとつに、物流業界の「2024年問題」もある。働き方改革関連法によってトラックドライバーの時間外労働が制限され、全国的に輸送キャパシティが縮小したことで、米の集荷や配送に遅れが生じた。

とくに米穀卸にとって、収穫から精米、出荷までの工程を円滑に進めるには、季節性のある集中物流を的確に捌く必要がある。しかしこの物流制約により、産地から消費地への米の動きが鈍化し、需給ギャップに拍車をかけた。

首都圏や大都市圏では、物流が詰まった結果、コメが「在庫として存在している」のに「売り場に届かない」という事態が起きた。これは単なる生産量の不足ではなく、輸送・流通の設計自体が、いまの食の仕組みに追いついていないことを物語る。

スーパーのコメ売り場
筆者提供
スーパーのコメ売り場

輸入米に未来はあるか

では、コメ不足の際に輸入米を活用すればよいのではないか。そう考える人も多いだろう。だが現実には、輸入米の活用にはいくつものハードルがある。

第一に、現在日本が輸入しているコメの多くは、ミニマム・アクセス(MA)制度に基づくもので、主に加工用や業務用に限られている。家庭用としてそのまま販売されることは少なく、用途も厳格に限定されている。

第二に、価格の問題がある。米国やタイから輸入するコメは、円安や運賃高騰の影響を受けて、以前ほど“安いコメ”ではなくなっている。また、炊飯特性や粒の大きさ、粘りの違いから、日本人の味覚に合わず、販売面でも難がある。

第三に、国際的な米の需給も逼迫している。気候変動や世界的な人口増加、主産地の不作などにより、アジア諸国の買い付け競争が激化しており、むしろ「日本が買い負ける」リスクが高まっている。つまり輸入米は補助的役割にはなり得ても、国民の主食を支える中核にはなり得ない。

“コメのインフラ”再設計のときがきている

今回の騒動が残した教訓は、「制度疲労が進んだコメのインフラを、そろそろ総点検しませんか?」という問いかけだ。

いまやコメは単なる農産物ではなく、社員食堂の定食や、コンビニのおにぎり、冷凍炒飯のベースとして、ビジネスの現場や日々の生活を支える「影の主役」だ。

そんな重要な存在にもかかわらず、需給の統計は家庭炊飯を前提とした旧態依然のまま。備蓄制度も、いざというときに必要な品種・用途とずれがあり、物流インフラも急激な環境変化に対応できていない。

つまり、制度が時代に追いついていないのだ。「備蓄米はあるのに店頭にない」「米価は高いのに農家は儲からない」「用途不適合な在庫はあるのに業務用は足りない」――そんなねじれが、今回いっきに噴き出した。