「親の介護をしている」と、なぜ人に言えないのか?
【工】さっきKさんに、40歳のときに介護離職したとお伝えしましたが、実はそれより前の34歳のときにも介護離職を経験しているんです。
【K】えっ、2回もですか⁉ しかも34歳……。かなり早いですね。
【工】そのときは、父が脳梗塞で倒れたことがきっかけでした。当時、わたしは東京の会社に勤めていて、あわてて岩手の病院にかけつけたら、父の呂律がまったくまわっていなくてびっくりしました。
【K】それはあせりますね……。そのとき、お父さんは60代ですか?
【工】65歳でしたね。それで筆談で会話しようと思ったら、今度は手がブルブル震えて文字がまったく書けなくて……。そんな父の姿を見たとき、「ああ、これからずっと父の面倒をみないといけない。自分の人生は終わった……」と思いましたね。
【K】30代半ばですもんね……。
【工】同僚にも、友達にも、親の介護をしている同世代はまわりにまったくいなくて、だれにも相談せずに会社を辞めました。
【K】会社にはなんと言って辞めたんですか?
【工】「やりたいことがある」って。実際は、なんのあてもない無職です。
【K】最近は、だいぶ変わってきましたが、介護のことって、まだまだ自分からは話しにくい雰囲気がありますもんね……。
【工】そうですね。会社に父のことを伝えて仕事を続けたとしても、人事評価が悪くなったり、職場に迷惑をかけたり、大きな仕事から外されたり、キャリアアップしていく同僚の姿を横目で見たりするのかな……と。そんなことを考えると、介護と仕事の両立なんて、はじめから無理だと思いましたね。
【K】気力も体力も充実している30代で、それはきついですね……。
1人で悩みを抱えこむ「サイレントケアラー」
【K】そうそう、パートナーである奥さまは、仕事を辞めることに反対しなかったんですか?
【工】そこは、なんとか……(汗)。事前に何度も、わたしが仕事を辞めても妻の生活に変わりはないと伝えていたからだと思います。生活費は、自分の貯金をとりくずして家に入れていました。再就職するまでは、冷や汗をかきっぱなしでしたね……。
【K】それは、かなりのプレッシャーですね……。そういえば、わたしの会社の先輩にも親の介護をしている人がいますが、親の介護のことについて、わたし以外の同僚には、まったく話をしていないみたいです。
【工】わたしは、そういう人のことを「サイレントケアラー」と呼んでいます。直訳すると「物言わぬ介護者」ですね。わたしの造語ですが、世の中には、だれにも言わずに介護している人がたくさんいますよ。
【K】でも、たしか、介護の休みの制度や法律がありましたよね? それを使えば、隠すことはないと思うんですけど……。
【工】「育児・介護休業法」には、介護を理由に解雇したり、評価を下げたり、不利益な配置転換をしたりしてはいけないとあります。少しずつ知られてきましたが「自分だけでなんとかしよう」と考える人が、いまだに多いんです。
【K】働く人にとっては、自分の仕事を失うことにもなりかねませんからね……。そうなると、今後の人生や老後の計画もめちゃくちゃだ。
【工】だからこそ、特に働く人が、老いた親について早めに考えておくことは、自分を助けることにつながるので、とても大切なんです。(以下、後編へ続く)
1972年、岩手県盛岡市生まれ。2012年、40歳のときに認知症の祖母と母のダブル遠距離介護がはじまり、介護離職。その後、介護ブログを立ち上げ独立。新聞やWebメディアなどでの執筆活動を中心に、大手企業や全国の自治体で講演活動をしながら、現在も介護と仕事の両立を続けている。途中、悪性リンパ腫の父も介護し、看取る。独自の介護の工夫やノウハウが、NHK「ニュース7」「おはよう日本」「あさイチ」など、多数のメディアで紹介される。『親が認知症⁉ 離れて暮らす親の介護・見守り・お金のこと』(翔泳社)など著書多数。
ブログ「40歳からの遠距離介護」/音声配信Voicy「ちょっと気になる? 介護のラジオ」