「真美子さんと同じヘアスタイル」を希望する客も

菅野お気に入りの一品は、昨年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の決勝戦でアメリカ代表を破って優勝した、侍ジャパンの全員がサインしたキャップ。その価値はプライスレスだ。

「詳しくは言えないんですが、チームにちょっとしたご縁があるんです」と菅野は言う。

昨年だけで、日本人と外国人合わせて約1000人のファンが、グッズをひと目見ようと店を訪れた。畏敬の念を抱く人も、はち切れそうな情熱をあらわにする人もいる。

特に熱心なファンは台湾人の若い女性で、年に1度店を訪れ、新たなコレクションに感嘆の声を上げている。最近の来店時には、大谷の妻・真美子さんと同じヘアスタイルにしてほしいと注文した。

「もちろん、リクエスト通りに仕上げましたよ」菅野は微笑んで、壁に飾ってある大谷夫妻の写真を指差した。

菅野がコレクションを始めたのは2013年。1つ目は、大谷が18歳のときに入団した北海道日本ハムファイターズの試合を観戦したときに手に入れたサインボールだ。

ワールドシリーズを制覇し、チームメイトと喜ぶ大谷
ワールドシリーズを制覇し、チームメイトと喜ぶ大谷(ALLEN J.SCHABEN ロサンゼルス・タイムズ、『OHTANI’S JOURNEY』より)

被災地の希望を象徴しているようだった

菅野が生まれ育った奥州市にとっては暗い時代だった。

2年前の2011年、奥州市のある東北地方は東日本大震災に見舞われた。死者は1万5000人以上にのぼり、地震に伴う津波によって福島第一原子力発電所の事故が発生した。

被災地の人々にとって、地元の天才野球少年がプロ野球で活躍するニュースは心の支えになった。

天才野球少年として知られていた大谷は、海を渡ってからも奥州市民の希望となっている
天才野球少年として知られていた大谷は、海を渡ってからも奥州市民の希望となっている(ALLEN J.SCHABEN ロサンゼルス・タイムズ、『OHTANI’S JOURNEY』より)

「大谷選手が地域の人々の希望を象徴しているような気がしましたね」菅野は語る。

サインボールを入手したのは、ちょうど菅野自身が人生の再スタートを切った時期に重なる。

若いとき、菅野は一日中仕事に打ち込む売れっ子美容師で、国際的なコンテストにも入賞し、世界中を出張で飛び回っていた。さらに、大手美容企業の幹部としても活躍した。

しかし、40代後半になって、妻のサツキに言われた。「あなたは仕事ばかりしているけれど、お金のためだけの仕事で、家族の幸せのためじゃない」

妻の言うとおりだった。菅野はショックを受けて、それまでの見せかけの“良い生活”を捨て、2010年に「Seems hair&spa」をオープンした。

「生まれ故郷で自分の店を持って落ち着いて、気軽におしゃべりして、ゆっくりしたペースで生活したいと思ったんです」と菅野は語った。

こうして、この大谷博物館のような美容院が生まれた。