セルフ・コンパッションで周りにやさしくなれる理由

このとき、みなさんはこんな疑問をもつかもしれません。セルフ・コンパッションを実践したら、自己中心的になってしまうのではないか――。自分に思いやりを向けるのですから、「自分ばかりケアして、周りのことはお構いなし」となってしまいそうです。

ですが、そのようなことにはなりません。むしろ、セルフ・コンパッションを実践している人のほうが、周りへの思いやりをもって接することができます。自分にやさしくできる人は、他人にもやさしくできるからです。自分にやさしくできるリーダーが、チームや組織にもやさしくできるのです。

なぜかというと、セルフ・コンパッションには、先に述べた「共通の人間性」があるからです。セルフ・コンパッションを実践していると、だれもが大変でつらい思いをするときがある、という深い理解が得られます。

ビジネスマンの足とルート、スタートとゴールの言葉
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そうすると、職場の同僚も、1人の喜怒哀楽をもった人間として見ることができるようになります。組織にいると、どうしても社員は1つのコマや機械の一部として捉えがちです。セルフ・コンパッションを行うと、共通の人間性があるおかげで、「社員1人ひとりが人間性をもっている」という感覚を思い出させてくれます。

善し悪しの評価をせず、ダメな自分であっても受け入れる

以上のように、自己肯定感を感じるには、自分への善し悪しの評価をともなうのに対して、セルフ・コンパッションの実践には、この評価を一切必要としません。ここが両者の違いです。

自己肯定感を感じるには、自分をポジティブに評価している必要があります。仕事が順調でうまくいっているときはよいのですが、問題はうまくいかなくなったときです。自分に悪い評価を下したくないので、どうしても自分にとって都合の悪いところからは目を背けてしまいます。

若杉忠弘著『すぐれたリーダーほど自分にやさしい』(かんき出版)
若杉忠弘著『すぐれたリーダーほど自分にやさしい』(かんき出版)

一方で、セルフ・コンパッションでは、どんなにダメな自分も受け入れます。そこに、善し悪しの判断は入りません。同僚への嫉妬でぐちゃぐちゃになっている自分、頑張っているのに周りに認められない惨めな自分、メンバーの前で失敗してしまった無様な自分、他のリーダーに比べて不器用で不格好な自分――。

すべて、いいとか悪いとか、そういった評価は横に置いておいて、そういう自分をただ受け入れていくことが大切です。こうした態度を繰り返し練習していると、自分や周りの状況を、歪みなくありのままに認識できるくせがつきます。言い換えれば、現実を直視できるようになるということです。

その結果として、自分や周りについて歪んだ見方をするより、適切な対応が取れるようになります。だから、成果に結びつくのです。みなさんも、心身を健康に保てるよう、ぜひセルフ・コンパッションのアプローチを活用してみてください。

若杉 忠弘(わかすぎ・ただひろ)
グロービス経営大学院教授

東京大学工学部・大学院を経てBooz Allen Hamilton(現PwCコンサルティング)入社。ロンドン・ビジネス・スクールでMBA取得。帰国後、グロービスにてMBAプログラムのディレクター。一橋大学大学院にて1800人を対象とするセルフ・コンパッションの調査・実験を行い経営学博士を取得。米国の「センター・フォー・マインドフル・セルフ・コンパッション」で講師資格を得て、セルフ・コンパッションのエバンジェリスト(伝道師)として活動中。