※本稿は、若杉忠弘著『すぐれたリーダーほど自分にやさしい』(かんき出版)の一部を再編集したものです。
自分に鞭打って駆り立てた結果はどうなるか?
チームメンバーを引っ張りつつ、自らも頑張らなければいけないリーダーという立場は、心身ともに疲れ切ってしまうことも。そんな疲れ切っている心身をより悪化させてしまうのが、自分自身への厳しさです。
つらいときに「もっと頑張らなければいけない」と厳しく鞭を打ったり、うまくいかないときに「自分はダメだ」「なんでできないんだ」と自己批判をしてしまうことで、追い打ちをかけてしまうのです。
私自身、新卒で戦略コンサルティングファームに入社したころは、自分に厳しくあたっていたことを思い出します。「もっと価値を出せねば」と自分への厳しさを原動力に、仕事へと駆り立てていました。
今では、コンサルタントの働き方もずいぶん変わったと思いますが、当時、同じ業界のコンサルタントが心身の健康を崩したという話を聞くたびに、「こんなやり方でいいのだろうか」と、心のどこかに違和感をもっていました。
燃え尽きそうになっていた自分が回復し、救われた体験
そのような経験から、リーダーは自己批判ではなく、自己肯定を大切にしなければいけないと考えるようになったのです。その後、自己肯定感とリーダーシップの関係について、博士課程で研究しました。
しかし、そこで驚くべき事実に出会います。それは、自己肯定感を重視しすぎると自己中心的になり周囲に悪影響を及ぼす、といった副作用やリスクがあるということです。その副作用ゆえに、この分野で先行する欧米では、すでに自己肯定感を高めるアプローチは下火になっていたのです。
こうした中、自己肯定感に代わるものとしてセルフ・コンパッションを知ったとき、「これだ!」と直観しました。それと同時に、「これは、私自身が必要としていることだ」と感じました。
当時、働きながら大学院で経営学を学んでいた私は、仕事と研究が忙しく、燃え尽きそうになっていた自分にセルフ・コンパッションのアプローチを取り入れました。そして自分が回復し、救われていく体験をしたのです。
自分へのやさしさが強さを育むのだと身をもって実感しました。「自分に何をさせることが、自分へのやさしさなのか」と自問する余裕も出てきました。
自己肯定感とセルフ・コンパッションの違いとは
セミナーや講演などでセルフ・コンパッションを紹介すると、やはり「セルフ・コンパッションと自己肯定感はどう違うのですか?」と聞かれることがよくあります。セルフ・コンパッションと自己肯定感との違いはどこにあるのでしょうか。
自己肯定感とは、「自分自身をどれくらいポジティブに評価しているか」という度合いです。たとえば、世界でもっとも使われている自己肯定感(英語ではセルフ・エスティームといいます)をはかるアンケートには、次のような項目が並びます。みなさんは、これらの項目にどれくらい同意できるでしょうか。
・私には、けっこう長所があると感じている
・私は、他の大半の人と同じくらいに物事がこなせる
・私は、自分のことを前向きに考えている
・私は、少なくとも他の人と同じくらい価値のある人間だと感じる
これらにおおよそ同意できた方は、自己肯定感が高いといえます。同意できなかった方は、自己肯定感が低いと言えます。一般的に、自己肯定感が高い人はメンタルが強く、幸せであり、健康であると言われています。
逆に、自己肯定感が低いままでは、不安を感じやすく、落ち込みがちです。リーダーも自己肯定感が高いほうが、成果を出します。とくに、組織やチームを大きく変えなければいけないような局面では、自己肯定感の高いリーダーが成果を出します。
自己肯定感を無理に高めたときの副作用
一方で、自己肯定感には気をつけておきたいポイントがあります。みなさんが、仕事で失敗し、ドン底の気分に陥っているときのことを想像してみてください。このとき、たいていの方は自己肯定感が下がります。落ち込んでいるときには、自分のことを前向きに考えられないし、自分自身に満足もできません。
この局面で、自分のことをポジティブにとらえることは、至難の業なのです。私たちがもっとも自己肯定感を必要としているそのとき、自己肯定感が下がるのです。このとき、自己肯定感を無理に高めようとすると、先ほど述べたように、副作用が現れることがあります。
じつは、自分が失敗したときに、自己肯定感を高く保つ裏技があります。本当は自分のミスで失敗したとしても、「自分は悪くなく、周りが悪かった」と解釈したらどうでしょう。
「環境が悪かった」「チームメンバーが手を抜いた」などと周りのせいにしておけば、自分の自己肯定感は傷つかずにすみます。この裏技を使い、本当の自己肯定感を追い求めるというよりは、かりそめの、その場しのぎの自己肯定感を高めてしまうことが起きます。
こうしたことを続けていると、自分の過ちや弱点を認めることが難しくなり、謙虚さを失って、ちょっと横柄な感じにもなってしまいます。この傾向が進みすぎると、リーダーは、自分に酔いしれるナルシスト的な言動をしたり、平気で攻撃的な言葉を使ったりするようにもなります。
みなさんの周りにも、こうしたリーダーがいるかもしれません。自己肯定感を無理に高めようとすると、自己中心的に世の中を歪んで見てしまうことになります。この弊害を避けつつ、自己肯定感の果実を得る方法がセルフ・コンパッションです。
自分自身に思いやりを向ける3つのステップ
みなさんが、ドン底のつらい状況に陥ったとき、自信が地に堕ちてしまったとき、希望のかけらも見出せないとき、自分のことをどうしてもポジティブにとらえられないとき、このようなときこそ、セルフ・コンパッションが本領を発揮します。
セルフ・コンパッションには、基本的に3つのステップがあります。それは、マインドフルネス、共通の人間性、自分へのやさしさの3つです。つらいことや落ち込むことがあったときに、大切な友人をやさしく励ますように、自分自身にも寄り添ってあげるのです。具体的なアプローチは、次のとおりです。
①自分がつらいということに気づき、バランスの取れた見方をします。これをマインドフルネスといいます。マインドフルネスとは、「今ここに気づく」という意味です。
②次に、誰でもつらい経験をすることを思い出します。これを共通の人間性といいます。
③そして、最後に、自分にやさしさと励ましの言葉をかけます。これを自分へのやさしさといいます。
このセルフ・コンパッションの3つの流れを実践することで、つらい状況から抜け出しやすくなります。
セルフ・コンパッションで周りにやさしくなれる理由
このとき、みなさんはこんな疑問をもつかもしれません。セルフ・コンパッションを実践したら、自己中心的になってしまうのではないか――。自分に思いやりを向けるのですから、「自分ばかりケアして、周りのことはお構いなし」となってしまいそうです。
ですが、そのようなことにはなりません。むしろ、セルフ・コンパッションを実践している人のほうが、周りへの思いやりをもって接することができます。自分にやさしくできる人は、他人にもやさしくできるからです。自分にやさしくできるリーダーが、チームや組織にもやさしくできるのです。
なぜかというと、セルフ・コンパッションには、先に述べた「共通の人間性」があるからです。セルフ・コンパッションを実践していると、だれもが大変でつらい思いをするときがある、という深い理解が得られます。
そうすると、職場の同僚も、1人の喜怒哀楽をもった人間として見ることができるようになります。組織にいると、どうしても社員は1つのコマや機械の一部として捉えがちです。セルフ・コンパッションを行うと、共通の人間性があるおかげで、「社員1人ひとりが人間性をもっている」という感覚を思い出させてくれます。
善し悪しの評価をせず、ダメな自分であっても受け入れる
以上のように、自己肯定感を感じるには、自分への善し悪しの評価をともなうのに対して、セルフ・コンパッションの実践には、この評価を一切必要としません。ここが両者の違いです。
自己肯定感を感じるには、自分をポジティブに評価している必要があります。仕事が順調でうまくいっているときはよいのですが、問題はうまくいかなくなったときです。自分に悪い評価を下したくないので、どうしても自分にとって都合の悪いところからは目を背けてしまいます。
一方で、セルフ・コンパッションでは、どんなにダメな自分も受け入れます。そこに、善し悪しの判断は入りません。同僚への嫉妬でぐちゃぐちゃになっている自分、頑張っているのに周りに認められない惨めな自分、メンバーの前で失敗してしまった無様な自分、他のリーダーに比べて不器用で不格好な自分――。
すべて、いいとか悪いとか、そういった評価は横に置いておいて、そういう自分をただ受け入れていくことが大切です。こうした態度を繰り返し練習していると、自分や周りの状況を、歪みなくありのままに認識できるくせがつきます。言い換えれば、現実を直視できるようになるということです。
その結果として、自分や周りについて歪んだ見方をするより、適切な対応が取れるようになります。だから、成果に結びつくのです。みなさんも、心身を健康に保てるよう、ぜひセルフ・コンパッションのアプローチを活用してみてください。