新年、家族や友人と初詣に行く日本人は多いはずだ。全国の神社に精通し、神職向けの講演も行う佐々木優太さんは「日本には、8万社以上の神社があり、我々は開運スポットに囲まれて暮らしている。ただ、開運スポットにできるかどうかは、その人次第で、神社に行っても開運しない人はいる。神社参拝にルールはないが、モラルがある」という――。

※本稿は、(ゲッターズ飯田/佐々木優太)著『幸せ舞い込む! あなたの開運神社』(朝日新聞出版)の一部を再編集したものです。

「神社に行く」より運がよくなる

神社参拝で、ぜひ使ってほしい言葉があります。「神社に行く」ではなく、「神社に上がる」という言い方です。

「上がる」とは、「行く」「訪ねる」の、敬意を払った表現です。「行く」でも間違いではありませんが、「上がる」と言えば、それを聞いた人は「相手を尊重しているんだな」と思うでしょうし、そんなあなたにも自然と敬意を払うようになるでしょう。

次第に周りの人の態度がどんどんよくなり、「相手を敬うこと」が当たり前となります。気づけば、周囲が自然とやさしい世界になっているのです。

僕がこの開運言葉に気づいたのは、神職のかたとの会話からでした。「◯◯神社に行ってきました」と報告すると、「おぉ、上がられましたか!」とおっしゃったのです。なるほど、尊敬する先輩の家には「上がる」と言うのだから、神様の家である神社にも「上がる」と言うべきだと思いました。

たしかに、この言い方だけで神社や神様を大事にしていることが伝わりますよね。

もうひとつ、おもしろい発見をしました。「神社に上がる」と言い続けているうちに、気分が上がってきて運気も上がっているような気になるのです。

発する言葉は言霊ことだまとなり、自分に返ってくると言います。「上がる」のもつ上昇のニュアンスが自然と心に染み込むのだとしたら、まさに開運言葉です。

開運言葉はもうひとつあります。神職のかたに「◯◯神社に上がりました」と話したら、今度は「おめでとうございます!」と返ってきました。そうです、神社に上がれるのはめでたいこと。みなさんも参拝の報告を受けたら「おめでとう」と返しましょう。互いに運がよくなっていきますよ!

鳥居で一礼…のあとの「より丁寧な動作」

みなさんは鳥居の前で礼をしますか? 僕は、人の家に上がるのと同じように、挨拶の一礼をしています。

鳥居は「ここから先は神域」と示すもの。神様を敬って「神社に上がる」と言うのと同じように、鳥居も「尊敬する人の家の玄関」だと思えば、入る前に挨拶するのは当たり前。立ち止まって頭を下げることで、ひと呼吸おけて、心がスッと鎮まります。

鳥居をくぐると参道が続きます。参道の真ん中あたりは「正中せいちゅう」といい、神様の通り道。我々は正中を避けるようにしましょう。

ここで、よりていねいに振る舞う方法をご紹介します。

神社の鳥居
写真=iStock.com/shihina
※写真はイメージです

鳥居で一礼したら、「正中」より右側にいる人は右足から、左側にいる人は左足から入るのです。こうすると、神様の道「正中」にお尻を向けずに済みます。「正中」を横切るときも軽く礼をするか頭を下げたまま歩くとていねいです。ちなみに神職の方々は、上体を少し前屈みにして歩く「屈行くっこう」の姿勢をとられます。

神社で作法に迷ったときは、感謝の気持ちを所作に込めれば失礼はないでしょう。

「今日参拝できるのは、神社を守ってきてくれた人たちのおかげ」だと思うと、感謝が湧き、おのずと振る舞いも変わるはずです。すべての人に開かれている神社は「有り難い」場所です。僕は、どんな人も分け隔てなく受け入れてくれる神社を、やさしい場所だなと思うんです。

時代を超えて祈りの場所があり続けていること自体、有り難いこと。だから僕は、神社で写真を撮る際に、自分を真ん中にはしません。敬意を表して神様を中心にし、一緒に写る構図にしています。