横領容疑で摘発すればいいだけなのに、検察は動かない

世田谷の元NTT寮を巡る詐欺事件において、地面師の北田や松田たちは、「津波が支払った代金の5億円の振込先を間違えただけだ」とうそぶいてきた。が、とどのつまりネコババされた事実は動かない。したがって横領容疑で摘発すればいいだけの話である。こうした詐欺事件の場合、まず犯人の身柄を押さえ、詐取された金を取り戻すことが先決だからだ。

そのため顧問弁護士の大鶴は、町田警察署を管轄する東京地検立川支部の検事とも掛け合った。話に熱がこもる。

「こんなものは単純な詐欺なんです。被害のあった翌日に津波社長が、松田の携帯電話を町田署に持って行って『ここに詐欺の片鱗になるようなことがたくさん出てます。写真や画像も見てください』とも説明したんです。ところが担当の検事に会うと、詐欺の犯意がどうのこうのとおっしゃっていました。しかしそれはおかしい。仮に1万歩譲って、向こうに騙す犯意がないというなら、それはそれでいい。それなら業務上横領でやればいい。だから『業務上横領容疑で犯人を捕まえればいいじゃないか。罪名が詐欺だろうが業務上横領だろうが、量刑にはほとんど変わりはないですよ』とも言いました。そう言い返したら、検事は頷いた。それでも事件は動かなかったのです。担当検事が代わるまでね」

「地面師を早く捕まえていたら、被害は10分の1で済んでいた」

らちが明かないとみた大鶴は、警視庁本庁にも掛け合ったというが、これほどの大物ヤメ検が動いてなお、捜査当局は逡巡し、しばらくは捜査が進まなかった。こう言葉を継ぐ。

警視庁本庁
写真=iStock.com/y-studio
警視庁本庁

「そこで松田が釈放された翌週には、僕が松田から2回ヒアリングをし、物件の所有者のところや向こう側の司法書士からも話を聞いた。犯人グループにとっては、その司法書士のヒアリングがこたえたんだろうと思うけど、そうして独自にこちらで調べていくと、北田が自ら町田署に出頭したんです。ところが、そこでも警察は北田の弁解を聞いただけで、そのまま帰してしまったんです」

ここに登場する司法書士が、アパホテルの地面師詐欺でも逮捕された亀野裕之だ。大鶴はこうも言った。

「この過程で、津波社長や会社の社員の人たちは、まるで警察のように一生懸命調べてくれました。他の事件でも出てくる地面師の北田の人定をしたのも、警察ではなくわれわれです。連中の姓名や会社をネットで調べ、別の警察署に告訴が出ているとわかった。それを手繰り寄せていってね。告訴人の弁護士に僕が電話で頼み込んで3件くらい告訴状を取り寄せた。ただどの事件も告訴が不受理になっていて、警察はぜんぜん相手にしてくれない、と嘆いていました。そこに、くだんの司法書士も出てきたのだと思います。だから、事件の根っこは、そのあたり。彼らを早く捕まえ、刑務所にぶち込んでいたら、おそらく彼らが引き起こしている事件の被害は、現在の10分の1くらいで済んでいたと思います。それを長い間、グズグズしているから、津波社長のような新たな被害が出てしまうんです」