事実は小説より奇なり。不動産詐欺の実態はドラマ「地面師」(Netflix)より複雑だ。積水ハウス事件などを追ったノンフィクション作家の森功さんは「2017年に起きた世田谷の元社員寮をめぐる詐欺では、内田マイクら地面師たちが、買い手を本物の地主に会わせるという大胆な手口で5億円をだまし取った」という――。<前編から続く>

※本稿は、森功『地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』(講談社文庫)の一部を再編集したものです。

マンションのバルコニー
写真=iStock.com/SteveLuker
※写真はイメージです

用意周到、不動産取引当日に仕掛けをした地面師たち

5月12日、世田谷区の元NTT寮の建物を買おうかと考える津波(仮名)たちは、実際の持ち主とともに現場確認に向かう。かつてNTTの従業員寮として使われていたという建物に入った。

「これなら内装を少し直すだけで、マンションとして使える」

そう感じた津波は、ひとまず安堵あんどした。すぐにリフォームする工事業者の手配をし、5億円の代金振り込みをする契約日にそなえた。津波が打ち明ける。

「5月20日になって、初めにこの取引話を持ってきた不動産ブローカーたちが、うちの会社に北田を連れてきました。そこで北田が『1週間後の27日には決済したい』と言い出したのです。彼らからはずっと取引を急かされていたので正直、またか、とうんざりでした。それでも1週間あるので、はじめ言っていた4月の契約よりましだから、まあいいか、と了解したのです。あとでわかったんですが、なぜ北田たちが1週間の猶予をこちらに申し出たか、といえば、その間、亀野が海外に行っていて、日本にいなかったからでした。亀野は事件で重要な役割を担った詐欺師ですからね。向こうとしては、彼が戻って来てから決済しようとなったのでしょう」

地面師と共犯の悪名高い司法書士も取引に加わる

亀野裕之はアパ事件をはじめ数多くの地面師事件を手掛けてきた司法書士。住まいは目黒だが、千葉県船橋市で司法書士事務所を開業している。そこは地面師たちのあいだでも知られた司法書士事務所であり、亀野の配下の会計士や職員たちが所属してきた。アパ事件では宮田康徳らとともに主犯格として逮捕され、東向島事件でも、宮田とともに17年2月に摘発されている。

問題の世田谷の元NTT寮の売買決済は、そんな悪名高い司法書士の帰国を待って実行に移された。北田の要請によりY銀行の町田支店の部屋を借り、そこに関係者たちが集った。改めて念を押すまでもなく、東亜エージェンシーが西方から元のNTT寮を買い取り、津波が東亜社から転売してもらうという段取りのはずだった。2つの取引を同時におこなう同日取引で、東亜社にその間の売買差益が落ちる手はずになっていた。

通常、不動産業者間のこうした取引には、物件の所有者や仲介者の取引銀行に応接・会議室を用意してもらい、そこで作業をすることが多い。それ自体は問題ないが、このケースだと2つの取引決済を同日におこなうため、会議室が2つ必要になる。詐欺師たちにとって、それも重要な舞台装置の一環だった。