句点を嫌う若者が本当に嫌いなものとは
「マルハラ」という言葉が最近インターネット上で話題になりました。LINEやビジネスチャットの文末に句点をつけて送ると、受け手はそっけなく会話を遮断された印象や、威圧感を抱いてしまう。そのような考えから、句点のマル(「。」)とハラスメントを合わせた造語として、マルハラが使われるようになっています。
マルハラ被害を訴えるのはデジタルネイティブのZ世代に多く、一般的にはジェネレーションギャップの問題として語られてきました。文章には句点をつけるのが常識とされてきた30代以上と、LINEの平易な文章に慣れたZ世代の感覚の隔たりが、マルハラの要因だと捉えられているわけです。
ただ、マルハラを世代間の問題として片付けてしまうのは見当違いだと私は思っています。
そもそも、一般的に文末には句点をつけるのが適切。マルハラを訴えるZ世代も、大学入試の志望理由書や入社試験のエントリーシートでは、句点を打ってきたはずです。では、LINEやチャットに限ってマルハラが発生するのでしょうか。
マルハラ被害を訴えられる原因は、相手からそもそも嫌われていたり、文章にハラスメント要素を無自覚に忍ばせているからという可能性はないでしょうか。つまり、マルハラと言われる原因は、句点の有無の問題ではないというのが私の持論です。
少し前に取り沙汰された「おじさん構文」を引き合いに出すと、マルハラの本質がわかりやすくなるかと思います。
おじさん構文とは、非デジタルネイティブ世代が送る絵文字を多用した長文のLINEが、若者に嘲笑される現象を示す造語でした。
一方で、考えてみれば、祖父母のように親しい相手から絵文字を多用した長文のLINEが送られてきても、使い方に慣れていないと思う程度で不快にはならないでしょう。
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