幸せの基準値によって幸不幸が決まる

若い頃というのは、つい上を見てしまうものです。

もっとお金を稼ぎたい、もっと活躍したい、もっとモテたい、もっと筋肉をつけたい。今よりも上に行くことしか考えていません。

しかし高齢になると、「体が動くだけマシ」とか「食べられるだけマシ」と、下を見られるようになってきます。

つまり、「幸せの基準値」が低いほうが幸せになりやすいということです。

行動経済学の生みの親であるダニエル・カーネマン博士(1934~2024)は、心理学の知見を経済学に統合して、不確実性のもとでの人間の価値判断や意思決定を分析した人ですが、彼はこの「幸せの基準値」を「参照点」という言葉で表現し、「参照点の違いによって、人の価値判断は変化する」と言っています。

ミルケン研究所グローバル・カンファレンスで発言するダニエル・カーネマン(=2006年4月24日、米カリフォルニア州ビバリーヒルズ)
写真=ロイター/共同通信社
ミルケン研究所グローバル・カンファレンスで発言するダニエル・カーネマン(=2006年4月24日、米カリフォルニア州ビバリーヒルズ)

たとえば、1億円も持っているのに1000円損をしただけで不幸せな気持ちになる人がいる一方で、1000円しか持っていないのに、100円を拾っただけで幸せな気分になる人がいます。この人たちの何が違うのかというと、得と感じるか、損と感じるかの参照点(基準)が違うわけです。

そして、参照点より上だと幸せになり、下だと不幸になるのです。

目の前の現実に満足できなくなるワケ

こんな例もあります。大企業の社長だった人が、入居金5億円の超高級老人ホームに入居したところ、毎日一流シェフのつくる5000円の料理が出てきたそうです。さらに、まるで高級ホテルのような豪華な内装で、スタッフもまるでホテルのコンシェルジュのような丁寧な対応をしてくれます。

しかし、現役時代に大勢の社員にペコペコされ、大金を払って銀座の高級寿司店やら高級料亭やら高級クラブに通っていた元社長からすれば、老人ホームの5000円の食事にはもの足りなさしか感じないそうです。

ホームのスタッフに丁寧に対応されても、「俺が社長の頃は、もっとたくさんの部下がいたのに……」と不満を感じてしまうわけです。現役で社長をしていた頃の満足感が、この人の参照点になっているからです。

このように、参照点が上がれば上がるほど目の前の現実に満足できなくなっていきます。つまり、参照点が上がるほど不幸になっていくとも言えます。

その反対に、若い頃からずっと貧乏で苦労していたある女性は、特別養護老人ホームに入居したとき、「毎日、おかずが3つもある食事が食べられるなんて」と感激していました。スタッフにも、「こんなに親切にしてもらえるなんて、ありがたい」と感謝しています。

参照点が低い人は目の前のものに価値を感じて、幸せを感じやすくなるのです。