保育が確実に利用できるなら

では、今後の保育定員拡大の効果はどうだろうか。

そこで私は、市区町村の時系列データを分析した研究(Fukai, T., “Childcare availability and fertility,” 2017)で示された、「女性就業率が高い(つまり2020年の全国値に近い)場合」での保育定員拡大の出生率引き上げ効果の推定値を基に、今後の保育定員拡大の効果を試算した(内閣官房「第3回こども政策の強化に関する関係府省会議」柴田悠配布資料)。

その試算によれば、今後、(育休明けで保育ニーズが増える)1〜2歳保育の定員を、仮に(1~2歳人口に対して保育定員率が100%になるように)約40万人分増やすと、出生率は約0.13上がると見込まれた。

ただし、約40万人分の保育定員を増やすには、まずは、そもそも保育士が足りない現状があるため、たとえば、保育士の賃金を全産業平均に引き上げて(年1.0兆円)、さらに保育士の配置基準を先進諸国並みに改善する(年0.7兆円)などの対策が必要だろう。

保育士と遊具で遊んでいる子供のお迎えに近づく母親
写真=iStock.com/maroke
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そのうえで、保育定員を約40万人分増やすとなると、さらに年0.4兆円の追加予算が必要になる(もちろん1~2歳児の全ての親が保育利用を望むことは現状ありえず、これはあくまで仮定にすぎない)。すると、今後の1~2歳保育定員拡大の費用対効果は、「(年1.0+0.7+0.4=)年2.1兆円かけて出生率0.13上昇」ということになる。

なお、2020年までの費用対効果(年3兆円で0.1上昇)よりも若干効果が高まることになるが、その背景としては、2020年代以降、未婚若年女性のあいだで、「共働き・共育て」志向が(先述のとおり)主流となり、「保育を使えないなら出産はもちろん結婚さえもできない」という考え方が広まっている可能性が考えられる。

「育児の家族負担」を減らす政策としては、他にも、経済的負担を減らす「児童手当」もあるが、これはすでに岸田政権の「こども未来戦略」で年1.2兆円規模で拡充されることが決まったため、本稿では割愛する。なお、その拡充による出生率引き上げ効果は、諸外国での研究結果を基に試算すると約0.1だろう(内閣官房「第3回こども政策の強化に関する関係府省会議」柴田悠配布資料)。

経済成長を最も阻害しない財源は…

以上、①「賃金引上げ」と「雇用安定化」、②「労働時間の週5時間短縮」(出生率0.1~0.2程度上昇)、③「国立大学相当の高等教育学費免除」(年1.8兆円で出生率0.09上昇)と「1~2歳保育定員の40万人拡大」(年2.1兆円で出生率0.13上昇)という方向(計年3.9兆円超により出生率0.3~0.4程度上昇)が、今後の少子化対策の案として考えられる。

なお、財源についていえば、財政学でのこれまでの実証研究の蓄積によれば、社会保険料や多様な税のなかで、経済成長を最も阻害するのは「法人税」と「個人所得税」であり、やや阻害するのは「消費税」と「社会保険料(こども・子育て支援金など)」、そして最も阻害しないのは「資産課税」(相続税・贈与税・固定資産税)だ(Şen, H. and A. Kaya, “A new look at the nonlinear dynamics of taxation-growth nexus” 2022)。そのため、「資産課税」(および場合によっては「つなぎ国債」)も視野に入れながら、多様な財源のベストミックスを検討することで、財政の持続可能性を高めることができるだろう。

柴田 悠(しばた・はるか)
京都大学大学院人間・環境学研究科教授

1978年、東京都生まれ。京都大学総合人間学部卒業、京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。専門は社会学、社会保障論。同志社大学准教授、立命館大学准教授、京都大学准教授を経て、2023年度より現職。著書に『子育て支援が日本を救う――政策効果の統計分析』(勁草書房、社会政策学会賞受賞)、『子育て支援と経済成長』(朝日新書)など。