欧米では近年、こうしたジェンダー肯定医療を受けた子どもたちのなかに、健康被害が出てきたり、精神的に不安定になったりして、ホルモン治療などのジェンダー肯定医療をやめる人が出てきている。「事前にもっと丁寧なカウンセリングが必要だったのではないか」とする訴訟が立て続けに起こっており、社会問題になっているのだ。そうしたなかで、この現象に一石を投じた本書は、性別違和で悩む子どもたちの助けになった可能性もあり、重要な本だったのではないかと思う。

議論を呼ぶ「トランスジェンダー」関連書籍

トランスジェンダーと言えば、日本ではまだ、身体に違和感を持ち、いわゆる「心の性(性自認)と体の性が一致しない人」を指す医学用語である性同一性障害を連想する人も多いだろう。しかし近年は、トランスジェンダーは身体違和を必ずしも必要とせず、世間から押し付けられている「男らしさ」「女らしさ」といった性役割にとらわれたくないと考える人や、異性の洋服を着る(異性装)人なども含む概念となっている。欧米では、その人が感じる自分の性別に関する感覚(性自認)を尊重し、医学的診断や手術、裁判所の審判なく、自己申告に基づいて性別変更が可能な国も出てきており、近年、問題化されることが増えてきている。日本ではそれが、翻訳の可否というかたちで表れたということだろう。

まずは2022年6月に刊行された、ヘレン・ルイスによる『むずかしい女性が変えてきた あたらしいフェミニズム史』が、7月には英国のフェミニスト学者、シーラ・ジェフリースの『美とミソジニー:美容行為の政治学』の2冊の学術本の出版の可否が、ネット上で批判にさらされた。

前者はフェミニズムの歴史の本で、後者はフェミニズムの視点から美の規範について論じた本だ。いずれも、とりたててトランスジェンダーを扱った本ではなく、特に批判されるべき個所があるわけでもなさそうだった。しかし、著者が、トランスジェンダーの人に批判的な「トランスヘイター」(「トランスジェンダー嫌い」の意)であるとされ、SNSなどで出版に対して批判の声が上がった。

ここで具体的に何が「トランスヘイト」であるかは、議論の余地があるようにみえるが、議論はできない構造になっている。なぜなら、トランスをめぐる議論での有名なスローガンに、「ノーディベート(議論禁止)」があるからだ。

例えば、出生時は男性であったが性自認が女性である「トランスジェンダー女性(トランス女性)」は「女性である」ことは議論の余地のない公理であるから、トランスジェンダーに関する議論自体が許されず、議論しようとする姿勢自体が差別となるという考え方だ。つまり、議論の題材としたり、論じたりすること自体が、社会で一番脆弱ぜいじゃくで傷つきやすいトランスジェンダーのひとたちを傷つけ、時には自殺に追いやってしまう可能性もあるというわけだ。冒頭で触れたKADOKAWAの『あの子もトランスジェンダーになった SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』に対しても「トランスジェンダーを殺すのか」「トランスの方々が自殺する」「人殺し」という批判の言葉が多数寄せられた。

鎖で封印された複数の書籍
写真=iStock.com/asadykov
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