「普通のこと」になっていった

その結果は、富士急ハイランドのフジヤマと全く同じでした。最初はあれほど怖かったダイブが、「普通のこと」になっていきました。多少の怖さはありますが、最初に感じた強大な恐怖を感じることはもうなくなってしまいました。パニック症の人がエクスポージャーの最初は死ぬ気で電車に乗ったのに、繰り返すうちに大丈夫になっていくのと、おそらくプロセスは同じだと思います。エクスポージャーの体験としてバンジージャンプはうってつけでした。

学会での質問

最後にちょっと真面目なエクスポージャーの話を。

伊藤絵美『カウンセラーはこんなセルフケアをやってきた』(晶文社)
伊藤絵美『カウンセラーはこんなセルフケアをやってきた』(晶文社)

学会で大勢の人の前で話したり質問したりするのも、私にとってはエクスポージャーです。というのも、元来、その手のことが苦手だからです。小さい頃から習っていたピアノも、発表会だと緊張しちゃってミスばかりしてしまうような子でした。だから学会で発表したり質問したりするのも、声や手が震えてしまい、滑舌が悪くなったり、いいたいことがうまくまとめられなくなったりしてしまい、やはりとても緊張します。

発表はまだいいんです。発表する内容をすでに準備しているので、それを話せばいいのですから。最も緊張するのは、フロアから質問するときですね。発表者に対してどうしても質問して確認したいことがある。でも皆の前で「はい!」と手を挙げて、マイクのところまで歩いて行って質問するのは、とても緊張する。「だったら質問するのを止めちゃおうかなあ」と思って、実際に質問することを回避して、あとで「訊いておけばよかった」と後悔することが何度もありました。

そこで私は決意したのです。「訊きたいことがあったら、エクスポージャーだと思って、勇気をもって質問しよう」と。

そういうわけで、今でも緊張しますが、「今こそエクスポージャーのチャンスだ!」と自分にはっぱをかけて、手を挙げて、声や手足が震えても、質問したいことを質問するようにしています。エクスポージャーという技法のおかげで、自分にとって大切な行動を取ることができるのです。

以上、いくつか私自身のエクスポージャー体験をご紹介しました。人間、生きていれば、苦手なこと、不安なこと、怖いことは避けられないときがあると思います。そんなときに、「あ、これはエクスポージャーのチャンスだ!」と思えると乗り切りやすくなるかと思います。私自身、今後もそうやって生きていこうと思っています。

伊藤 絵美(いとう・えみ)
公認心理師、臨床心理士、精神保健福祉士

洗足ストレスコーピング・サポートオフィス所長。慶應義塾大学文学部人間関係学科心理学専攻卒業。同大学大学院社会学研究科博士課程修了、博士(社会学)。専門は臨床心理学、ストレス心理学、認知行動療法、スキーマ療法。大学院在籍時より精神科クリニックにてカウンセラーとして勤務。その後、民間企業でのメンタルヘルスの仕事に従事し、2004年より認知行動療法に基づくカウンセリングを提供する専門機関を開設。主な著書に、『事例で学ぶ認知行動療法』(誠信書房)、『自分でできるスキーマ療法ワークブックBook1&Book2』(星和書店)、『ケアする人も楽になる 認知行動療法入門 BOOK1&BOOK2』『ケアする人も楽になる マインドフルネス&スキーマ療法 BOOK1&BOOK2』(いずれも医学書院)、『イラスト版 子どものストレスマネジメント』(合同出版)、『セルフケアの道具箱』(晶文社)、『コーピングのやさしい教科書』(金剛出版)などがある。