少女は痛めつけられても「不浄の生き物」と呼ばれる

当時のわたしには、信仰の自由も、拒否権もなかった。親に見捨てられれば生活がままならない、脆弱な地位にあった幼いわたしは、恐怖を抱きながらも教えに従い、言われるがままに火の上を渡った。当たり前だが、裸足で火の上を歩く行為は、とてつもなく熱く、痛い。真つ赤な炭が、足の裏で「ジュリ!」「ザリ!」「ビキ!」と音を立てる。渡り終える頃には、足の裏は火傷でただれていた。

わたしは「火渡り」の他にも、さまざまな宗教儀式に参加させられた。裸足で山を登らされたり、早朝から風呂場で冷水を浴びせられたり、白装束で滝に打たれたりした。

ついでに腹立たしいのは、少女がこんなにも身体を痛めつけ、儀式に参加したところで、「女は不浄の生き物」という教義に基づき、教団内では永遠に蔑まれるのである。教えに従順な母は、不満気なわたしに対して、女は「わきまえる」のが正しいのだと、熱心に説き続けた。

反抗すると激怒した母は「おまえがこの家を滅ぼす」

母はわたしに、「信仰は強制されてするものではない」と言う。その言葉を鵜呑みにするほどピュアで、それでいて勉強熱心で、年齢の割には賢かったわたしは、中学生になるタイミングで、無神論を唱えた。「神様なんて本当はいないんでしょう?」「こんなにつらい思いをして尽くしても、女だからというだけで神様に嫌われるなんておかしい」「教えの方が間違ってる」。そう口にした。

それを聞いた母は目をひん剥き、みるみる青ざめ、激怒した。

その日から母は、毎日のように、わたしに呪いの言葉を吐き続けた。「おまえがこの家を滅ぼす」「おまえのせいでこの家は終わる」「おとなになったら不幸な自分に気がつくだろう」。親の呪いは、見事に効いた。おかげさまでわたしは今に至るまで、独身・子なしの反出生主義者である。