「自分の裁量で仕事をコントロールできる」というのは幻想

ジョブ型人事制度の導入にあたって経営側と交渉した大手通信系の労働組合の幹部は「会社は人事異動も転勤もあると言っています。職務記述書も以前の人事制度の資格要件の定義より多少細かく記述されていますが、抽象的な内容になっています。野球で言えばサードのポジションを守るだけだはなく、三遊間のゴロも拾えるような内容です。組合としては本来の意味でのジョブ型とは認識していません」と語る。

これが日本企業のジョブディスクリプションの実態だろう。おそらく就活生は具体的な仕事のタスク(作業)が記されたジョブディスクリプションを想像しているかもしれないが、実際は職場の上司がどんな仕事でも命じることができるフリーハンドの余地が残されたものになっている。

したがって「ジョブディスクリプションに書かれた仕事だけやっていればよい」「自分の裁量で仕事をコントロールできる」というのは、大いなる幻想にすぎないことがわかる。

早期離職に走る可能性

最大の問題は、こうしたジョブ型に対する幻想を抱いて入社した場合の副作用だ。大学でキャリア教育を教えている企業の人事担当者はこう危惧する。

「働き方に関するレポートを書かせると、ほとんどの学生がジョブ型だと自分の好きな仕事に集中できるとか、転勤がないことなどメリットばかり書いてきますし、ジョブ型について間違った解釈をしています。ジョブ型の話は背景も含めて説明しないといけませんが、学生が理解するには難しいと思います。あえてジョブ型には触れないようにしていますが、最も懸念するのは、誤解したジョブ型の解釈のまま入社したら、こんなはずではなかったとショックを受けてしまうことです」

入社後に自分が描いていたジョブ型のイメージと違っていたら、中には早期離職に走ってしまう人もいるかもしれない。そうなったら責任の一端は企業側にもある。4~5年前の会社説明会では、自社の働きやすさやワークライフバランスをやたらに強調する企業も少なくなかった。その結果、入社したら残業や休日出勤もあり、現実は違ったという声もよく聞かれたものだ。

もし会社説明会などでジョブ型を強調する企業があるとすれば、そのメリット・デメリットを含めて就活生に詳しく説明する必要があるだろう。今のままでは誤解したままジョブ型の落とし穴にはまってしまう人が多数発生する可能性がある。

溝上 憲文(みぞうえ・のりふみ)
人事ジャーナリスト

1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。