就活生の間でジョブ型人事制度を導入した企業が人気になっている。ジャーナリストの溝上憲文さんは「彼らが転勤を含む異動はもちろん、仕事の進め方や働き方を自分でコントロールできると勘違いしているようです」という――。
就活生が手帳にメモ
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学生に「ジョブ型雇用」が人気のワケ

最近、大学のキャリア教育の担当者からこんな話を聞いた。

「就活生の間でジョブ型雇用の人気が高まっています。コロナ禍で他者との交流が少なく、個人で完結する仕事をしたいという学生のメンタリティとジョブ型のイメージが一致しているようです。明らかにジョブ型導入企業に入社を希望する学生が増えています」

実際にジョブ型人事制度を導入する企業が増えている。ただし、その目的は「グローバル化への対応」や「年功的給与からの脱却」、「優秀な中途人材の獲得」など経営・人事戦略上の企業側の思惑がある。

でもなぜ就活生がジョブ型を好むのか。もう少し詳しく聞くと次のような答えが返ってきた。

「ジョブ型だと自分のやるべき仕事が限定されているので仕事に集中でき、余計な仕事はやらなくてもよい、仕事の進め方も任され、働き方も自分でコントロールできる、転勤などの異動も自分でコントロールできると単純に考えているようです。従来のメンバーシップ型に比べて、どこに配属されるのかわからない配属ガチャもないのでジョブ型こそ自分が望む働き方に合っていると言うのです」

日本式のジョブ型人事制度とは

もしそうならジョブ型、とくに日本企業が導入しているジョブ型人事制度を明らかに誤解している。欧米のジョブ型雇用の原則は職務に必要なスキルや資格を持っているかを定義した職務記述書(ジョブディスクリプション)に基づいて雇用契約を結ぶ。賃金も担当するジョブで決定し、基本的に人事異動や昇進・昇格の概念がない。会社の都合で職務の変更や配属先の異動・転勤を行う場合は本人の同意を必要とするなど会社の人事権を大幅に制限している。また、採用においても欧米では新卒・中途に関係なく、必要な職務スキルを持つ人をその都度採用する「欠員補充方式」が一般的だ。

そもそもジョブ型社会では職業スキルのない新卒学生を大量に採用する一括採用自体があり得ない。当然、一定のスキル保持者の職業経験者が優先され、新卒学生など職業経験のない若者の失業率が高いのが欧米の特徴だ。

ではジョブ型を導入している日本企業はどうか。実はジョブ型と紹介される大手企業のジョブ型雇用は、新卒一括採用も行われ、入社後も従来同様にOJT(職場内訓練)や部署間を異動するジョブローテーションによる内部育成も実施されている。人事異動については原則「社内公募制」にするという企業もあるが、あくまで原則であって会社が人事権を手放しているわけではなく、会社主導の人事異動や転勤も実施され、純粋なジョブ型雇用ではない。

学生たちの最大の勘違い

従来と大きく異なるのは給与制度。育成による能力の伸長度合いを評価して給与が上がる「能力主義賃金」から職務に必要なスキルを持っているかで任用する「職務給」に変わったことだ。能力主義賃金は、身につけた能力はよほどのことがなければ落ちることがないので給与が下がることはなく、年功的運用になりやすい。それに対して職務給は求められる職責を果たしていれば給与は維持されるが、職責を果たせない、あるいは会社の都合で職務がなくなれば給与ダウンも発生する厳しい仕組みだ。

ここまで見るとジョブ型導入企業でも、必ずしも転勤など異動がないわけではなく、ジョブ型の魅力はさほどないように思えるが、最大の誤解は「職務記述書(ジョブディスクリプション)」にある。つまりジョブディスクリプションに書き込まれた仕事以外はしなくてもよい、誰とも協業することなく自分の裁量で自己完結型の仕事ができると勘違いをしている。

JOBの単語の上に置かれた拡大鏡
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非常に大雑把な日本の職務記述書

実態は大きく異なる。日本企業のジョブディスクリプションは細かく記述されているわけではなく、どちらかといえば大括りの内容だ。ジョブ型人事制度を導入した大手精密機器メーカーの人事担当者はこう語る。

「細かく定義していません。なぜなら詳細に作成しても組織変更が行われるたびに書き換える必要があり、メンテナンスも大変です。期待する役割や成果、職務遂行に必要な知識・経験・能力などを包括的に記載しているだけです。当社に限らず他の大手企業でも職務記述書を細かく書いているところは少なく、せいぜい3~4行のジョブサマリーを書いているだけであり、包括的に書くことで運用を柔軟にしています」

つまりジョブ型だから職務を明確にしようと精緻な職務記述書を作成すると、組織改変などによる職務の変更や異動などの組織運営に支障を来し、回せなくなってしまうということだ。

また同社の人事評価項目には、「結束」(チームとして一丸になることで、最大の力を発揮する)や対人スキルなども存在し、チームワーク力も重要な要素にしている。

具体的に示そう。ジョブ型を導入したある大手企業の人事企画課長のジョブディスクリプションでは、職務内容は以下のようになっている。

・全社的な人材マネジメント政策や制度に関する企画・運用業務
・各部門の人材マネジメントにおける人材エンゲージメント戦略の立案・支援・コンサルティング

そして職務に必要な知識では「人材戦略や人事制度など(採用・異動・評価・人材育成、人的資源管理・労務管理等)に関する全般的知識」と、実に大雑把な内容だ。

また、必要な対人スキルとして「他部門も含めて信頼関係を構築し、協力、協働する。他社を動機づけ、影響力を発揮し、リードする」と、これまた抽象的な内容に終始している。

「自分の裁量で仕事をコントロールできる」というのは幻想

ジョブ型人事制度の導入にあたって経営側と交渉した大手通信系の労働組合の幹部は「会社は人事異動も転勤もあると言っています。職務記述書も以前の人事制度の資格要件の定義より多少細かく記述されていますが、抽象的な内容になっています。野球で言えばサードのポジションを守るだけだはなく、三遊間のゴロも拾えるような内容です。組合としては本来の意味でのジョブ型とは認識していません」と語る。

これが日本企業のジョブディスクリプションの実態だろう。おそらく就活生は具体的な仕事のタスク(作業)が記されたジョブディスクリプションを想像しているかもしれないが、実際は職場の上司がどんな仕事でも命じることができるフリーハンドの余地が残されたものになっている。

したがって「ジョブディスクリプションに書かれた仕事だけやっていればよい」「自分の裁量で仕事をコントロールできる」というのは、大いなる幻想にすぎないことがわかる。

早期離職に走る可能性

最大の問題は、こうしたジョブ型に対する幻想を抱いて入社した場合の副作用だ。大学でキャリア教育を教えている企業の人事担当者はこう危惧する。

「働き方に関するレポートを書かせると、ほとんどの学生がジョブ型だと自分の好きな仕事に集中できるとか、転勤がないことなどメリットばかり書いてきますし、ジョブ型について間違った解釈をしています。ジョブ型の話は背景も含めて説明しないといけませんが、学生が理解するには難しいと思います。あえてジョブ型には触れないようにしていますが、最も懸念するのは、誤解したジョブ型の解釈のまま入社したら、こんなはずではなかったとショックを受けてしまうことです」

入社後に自分が描いていたジョブ型のイメージと違っていたら、中には早期離職に走ってしまう人もいるかもしれない。そうなったら責任の一端は企業側にもある。4~5年前の会社説明会では、自社の働きやすさやワークライフバランスをやたらに強調する企業も少なくなかった。その結果、入社したら残業や休日出勤もあり、現実は違ったという声もよく聞かれたものだ。

もし会社説明会などでジョブ型を強調する企業があるとすれば、そのメリット・デメリットを含めて就活生に詳しく説明する必要があるだろう。今のままでは誤解したままジョブ型の落とし穴にはまってしまう人が多数発生する可能性がある。