「あの時、話を聞いてあげれば…」ある医師の後悔

ある医学の雑誌に一時期『苦いカルテ』という文章が連載されていました。どんな立派な医者でも、一生のうちにひとつやふたつの痛恨の失敗があるものです。

菅沼安嬉子『私が教えた 慶應女子高の保健授業 家庭で使える大人の教養医学』(世界文化社)
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ある精神科の医師がうつ病の患者さんを診ていました。いつもは静かに患者さんの訴えを聞くのですが、その日は学会等で忙しく、とても疲れていたので30分もあーでもない、こーでもないという患者さんの訴えに、つい「もう少し頑張ってみたらどうですか」といってしまったのです。患者さんはうつむいて「そうですか」といって診察室を出て、そのまま病院の屋上へのぼり、飛び降り自殺をしてしまったそうです。その医師は年をとるまで、そのことがいつも頭から離れなかったと書いてありました。

もし誰かが「死にたい」と電話をかけてきたとしても、その人がうつ気味なのかどうか普通はわかりません。そういう時は、やたら励まさず、話を聞いて相槌を打ってあげるのがよいでしょう。

躁うつ傾向は誰にでも多少はあるものです。大きくブレてしまうと病気ということになります。先進国ほどうつ病は増加傾向にあり日本でもとても増えてきました。うつには画期的な薬も登場しました。早期にきちんと対応するとこじれないで済みますので、精神科の専門医に診てもらって下さい。

「学校へ行きなさい」が逆効果になる理由

日本では登校拒否が著しく増えていて、この増え方は世界で類例を見ないほどだそうです。これを問題行動に入れるべきかどうか、意見もあることと思いますが、ずる休みや落ちこぼれより、まじめな子ほど偏差値中心の教育や受験地獄による弊害に圧しつぶされているといわれていますので、登校拒否より不登校という名称が使われるようになりました。

不登校になると親もとても苦しみますが、子供もとても苦しんでいます。1980年代中頃は、不登校の生徒は稀だったので、私の教えていた高校でも、担任も私も保健師も扱い方がよくわからず、登校させようとしていました。

しかし、これは体の病気と同じで、一時期静かに休ませる方がよいそうです。かぜで熱がある子を寝かせずに過激な運動をさせると肺炎になってしまうように、無理に学校へ行かせると長引いてしまうのです。「学校へ行きなさい」といわず、勉強も無理強いしないことといわれていますが、急に「学校へ行かない」といわれて焦らない親はいません。でも部屋に閉じこもったら、食事と洗濯の世話だけと決めて、食事も無理に食べさせない方が早くよくなるそうです。