身近な人から「死にたい」と打ち明けられたとき、どうすればいいのか。慶應女子高で保健を教えていた内科医の菅沼安嬉子さんは「自殺には予告があるケースがほとんど。なにげない電話の応対で1人の命が救われるかもしれません」という――。

※本稿は、菅沼安嬉子『私が教えた 慶應女子高の保健授業 家庭で使える大人の教養医学』(世界文化社)の一部を再編集したものです。

部屋の隅で蹲る少女
写真=iStock.com/kazuma seki
※写真はイメージです

思い留まった人が一様に口にする「あの時、死ななくてよかった」

自殺は、青年期にひとつの山があり、老年期で急増しています。老人の自殺は、病苦や介護の疲れから命を絶つことがほとんどです。2000年前後からは倒産やリストラで職を失った人など追いつめられて自殺する人が増加しました。

若い時は感受性が強く、死んでしまいたいと考えたことのある人はかなりいると思います。でも、誰かに話していると「死にたい」という気持ちが薄らいでいきます。「死にたい!」と友達がいったらどんなに疲れていたり忙しかったりしても「明日ネ」とはいわずに聞いてやって下さい。ほとんどの自殺には予告があるそうです。後で考えるとあれが予告だったのかと思いあたるそうです。なにげない電話の応対で1人の命が救われるかもしれません。自殺を思い留まった人は、一様に「あの時、死ななくてよかった」といいます。

しかし、話す相手がいない時もあります。そんな人たちを少しでも救おうと「いのちの電話」「ヤングテレホン」等があり、ボランティアが24時間体制で電話を受けています。ところがこのボランティアは、とても辛いといいます。「ウンわかった。死なないよ」と電話を切っても、匿名なのでその後どうなったか確かめることもできず、ずっと心配していなくてはならないからです。お礼の電話をかけてくる人は少ないそうです。

死ぬ勇気より、話す勇気が自分を救う

どんな問題行動でも、なんとかやり直すことができないではありませんが、死んでしまっては絶対にやり直しができません。死にたいと思ったら誰かに話してみること。話された人は、あれこれアドバイスするよりじっと聞いてあげることです。人は口に出すと悩みは10分の1くらいに軽くなることが多いのです。

「頑張って」を「死ぬしかない」に変換するうつ病者の心理

心の悩みから「死にたい」といっている時は励ましていいのですが、相手がうつ病だったら、原則的には励ましてはいけません。「頑張って!」とついいってしまいがちですが、うつ病の人は落ち込んでいるので「皆が頑張れというのは私がだらしないことがわかっているからなのだ。皆の声援にも応えられない私はダメな人間だ。やっぱり死ぬしかない」と自殺につながります。

近年は、励ました方がよい新しいタイプのうつ病「新型うつ」「5時までうつ」も登場していますが……。

ハイとうつを繰り返す躁うつ病(双極性障がい)

躁うつ病は、優性遺伝といわれていますが、精神科で扱う病気です。躁期とうつ期を繰り返すタイプとうつ期が大きく出るタイプ等、いろいろです。

躁の時期は気分がハイの状態で、何でも積極的に動き、とても元気です。これなら誰でも躁になりたくなりますが、やはり病気なので困ることも出てきます。気が大きくなって、お金のことなど考えずにどんどん買物はするし、人のことなど考えずに自分勝手に行動して周囲の人がとても迷惑します。

数カ月から数年経つと、今度はうつの時期に入り、家に閉じこもって何もしないで死ぬことばかり考えるのです。家族は目が離せなくて大変です。

カウンセリング
写真=iStock.com/kazuma seki
※写真はイメージです

内科の診療所にも時々、躁うつ病の患者さんがやって来ます。長い間軽いうつ病だった女性が、インフルエンザの高熱が続いた後、急に躁病になってしまいました。50代でまっ赤な洋服を着て、世話になっているからと大きな胡蝶蘭の鉢を持ってきました。その人は女手ひとつで3人の子供を育て、子供達は就職したもののお金の余裕なく生活しているのを私は知っていましたから、そんな無駄遣いをするなといいたかったのですが、そんなことをいったら大変です。「私の好意が受けられないの⁉」と大剣幕になってしまうからです。子供たちから話を聞くと、マンションを買う契約をしてしまったり、子供たちの会社に菓子折りを配ったり、夜遅く知人に電話をして食事につき合わせたりと大騒動になっていました。

サラリーマンの奥さんでも、1カ月の給料を1日で使ってしまったりするので家族は振り回されてしまいます。

ところが、うつになると、沈み込んで何でも自分が悪いと思い込んでしまうのです。自分を責めに責めるので死にたくなってしまいます。この時、励ますと大変です。しかしこの“励まさない”というのはなかなか難しいことです。

「あの時、話を聞いてあげれば…」ある医師の後悔

ある医学の雑誌に一時期『苦いカルテ』という文章が連載されていました。どんな立派な医者でも、一生のうちにひとつやふたつの痛恨の失敗があるものです。

菅沼安嬉子『私が教えた 慶應女子高の保健授業 家庭で使える大人の教養医学』(世界文化社)
菅沼安嬉子『私が教えた 慶應女子高の保健授業 家庭で使える大人の教養医学』(世界文化社)

ある精神科の医師がうつ病の患者さんを診ていました。いつもは静かに患者さんの訴えを聞くのですが、その日は学会等で忙しく、とても疲れていたので30分もあーでもない、こーでもないという患者さんの訴えに、つい「もう少し頑張ってみたらどうですか」といってしまったのです。患者さんはうつむいて「そうですか」といって診察室を出て、そのまま病院の屋上へのぼり、飛び降り自殺をしてしまったそうです。その医師は年をとるまで、そのことがいつも頭から離れなかったと書いてありました。

もし誰かが「死にたい」と電話をかけてきたとしても、その人がうつ気味なのかどうか普通はわかりません。そういう時は、やたら励まさず、話を聞いて相槌を打ってあげるのがよいでしょう。

躁うつ傾向は誰にでも多少はあるものです。大きくブレてしまうと病気ということになります。先進国ほどうつ病は増加傾向にあり日本でもとても増えてきました。うつには画期的な薬も登場しました。早期にきちんと対応するとこじれないで済みますので、精神科の専門医に診てもらって下さい。

「学校へ行きなさい」が逆効果になる理由

日本では登校拒否が著しく増えていて、この増え方は世界で類例を見ないほどだそうです。これを問題行動に入れるべきかどうか、意見もあることと思いますが、ずる休みや落ちこぼれより、まじめな子ほど偏差値中心の教育や受験地獄による弊害に圧しつぶされているといわれていますので、登校拒否より不登校という名称が使われるようになりました。

不登校になると親もとても苦しみますが、子供もとても苦しんでいます。1980年代中頃は、不登校の生徒は稀だったので、私の教えていた高校でも、担任も私も保健師も扱い方がよくわからず、登校させようとしていました。

しかし、これは体の病気と同じで、一時期静かに休ませる方がよいそうです。かぜで熱がある子を寝かせずに過激な運動をさせると肺炎になってしまうように、無理に学校へ行かせると長引いてしまうのです。「学校へ行きなさい」といわず、勉強も無理強いしないことといわれていますが、急に「学校へ行かない」といわれて焦らない親はいません。でも部屋に閉じこもったら、食事と洗濯の世話だけと決めて、食事も無理に食べさせない方が早くよくなるそうです。

不登校児がたどる3つの段階

不登校の時期を3つに分けている人がいます。第一期は心気症の時期。学校へ行こうとすると頭が痛くなったりお腹が痛くなったりします。この時期に早く治療するとよいそうですが、時期を逸してしまう場合も多いでしょう。第二期は攻撃的な時期。暴力をふるいます。第三期は自閉的になる時期。半年くらいすると、自分から学校へ行くといい出すといいますが、そううまくいく場合ばかりでもなく、長い間家族が悩み苦しみます。

根底には欲求不満があり、性格の強い子は不登校という手段をとり、弱い子は拒食症(摂食障がい)という手段をとって自分をいじめるのだと、慶應病院小児科の渡辺久子先生(当時)は、いっていました。社会の荒波から帰った子供は家庭という港でゆっくり休ませるべきなのに、勉強だ、塾だと追いたてて、家庭が憩いの場になっていないと歪みがたまってくるのは当然ともいえます。たとえ勉強が忙しくても家庭の雰囲気がなごやかなら、子供は乗り越えることもできるでしょう。

不登校から引きこもりになる場合もあり、2021年に日本では引きこもりが100万人を超え、社会問題としてとらえる動きが出てきました。

不登校の中には、精神障がい型、つまり統合失調症の初期も時々紛れ込んでいます。その場合は早く治療を受けるほど治りやすいですから、親はかかえ込まずに誰かに相談してほしいと思います。