大切なのは「咲くかどうか」ではなく確かな事実を伝えること

そうして、「一流」のお願いに対して、「一流」の回答をするための準備は整った。私はAさんにこうお伝えした。

「150センチほどの枝を20本ほど用意しましょう。だいぶかさが張りますから、お送りすることもできます。今は蕾で、その頃咲くはずのものをそろえます。ただ、お客さまの国と日本とは条件が違います。調べてみましたが、予定通りに咲くかどうかは何とも言えません」

がっかりさせるだろうなと、お客さまの表情を見つつ、説明する。

お客さまは、一言、

「そりゃ、花だもの。咲かないことだってあり得るよ! それは花にしかわからないよね」

とこちらの心配を笑い飛ばした。

家族を離れ、世界中を旅し、気候も文化も習慣もさまざまであることを知り尽くし、思うようにならない場面もあまた経験していらしたであろうこの方は、同じ花が違う地域で咲けるかどうかわからないことなど、百も承知だったのである。

無理なこと、わからないことに思考や行動を邪魔されることなく、明白な事実と自身の思いを材料にタイムリーにクリアな決断を下す。人のせいにはしない。これもまた一流の方にしばしば感じるふるまいである。

「一流」のふるまいを「一流」がくみ取ると…

Aさんとのエピソードは印象深く、折に触れて話すことがあった。

あるとき、私の講演を聞きに来てくださった旅館の関係者の方と、Aさんの話をした。桜を見たいとおっしゃる海外からのお客さまが実に多いこと、けれど期間はあまりに短く予想も難しいので、滞在中に叶えて差し上げられないときもあること、国に持ち帰る方さえいる、といったことを雑談したのだった。

すると、翌年、ゴールデンウィークが近づく頃に、一抱えもの桜の枝が届いた。どれもまだ固い蕾のままだった。

「わが旅館のあたりはまだこんな具合です。今からでも間に合いますから、どうぞご希望の方があれば伝えて差し上げてください」とメモが添えられていた。

相手の気持ちを読み取り、その気持ちを華やがせることを楽しむ、これも一流の方ならではのコミュニケーションである。

阿部 佳(あべ・けい)
K plus 代表、明海大学 ホスピタリティ・ツーリズム学部 教授

東京都生まれ。慶應義塾大学卒業。ホテルコンシェルジュの世界組織「レ・クレドール(Les Clefs d’Or)」の名誉会員。ヨコハマグランドインターコンチネンタルホテル、グランドハイアット東京でチーフコンシェルジュとして活躍。ホスピタリティの精神に基づき、職責を超えて分け隔てなく他人のために尽くした人に与えられる「The Best Hospitality Prize of the Year 2000」を受賞。