ホテルの宿泊客から難易度の高いリクエストが飛んで来たら、コンシェルジュたちはどう対応するのでしょうか。グランドハイアット東京などで30年にわたりコンシェルジュをしてきた阿部佳さんは「あるとき、2週間後に自国で開くホームパーティーで満開に咲く桜を飾りたいというリクエストがありました。花や輸送の専門家と共に知恵を出し合い、対応を考えたのです」といいます――。
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コンシェルジュが手本にしたくなる「一流」とは?

コンシェルジュとは、あらゆるお客さまのいかなるご希望も叶えられるようにお手伝いをする仕事だ。お客さまのリクエストに対して「NO」はない。

私はヨコハマグランドインターコンチネンタルホテル、グランドハイアット東京でコンシェルジュとして30年ほど勤務し、国内外のさまざまな方のリクエストを受けてきた。

長いコンシェルジュ人生で、私が手本にしたいと思うようなお客さまも少なくない。常に穏やかで、相手の気持ちを読み、先を読み、うまい具合に気分よく全力で働かせてくれる。そして動じない。見事に手のひらで転がされていることがわかっていてもなお、話していて心地よい。

今回は、コンシェルジュの視点から、私が印象深く記憶している「一流のお客さま」のエピソードを紹介したい。

一流のお客さまは到着した瞬間から相手を心地よくさせる

毎月1度、1週間ほど滞在されるアラブからの実業家Aさんがいた。彼はいつもにこやかだ。

いらっしゃるたびに、ご到着早々に必ずデスクにいらして、一言何か気分よくさせる言葉をかけてくださる。

「ここに来ると家に戻った気持ちになるよ。さっき到着した時はあなたが別のお客さまの手伝いをしていて話しかけられなかったから、あらためて挨拶にきたよ」

といった具合だ。

当然ながらお客さまがいらっしゃる前から、私たちはご予約を確認し、お好みの部屋を準備してお待ちしているわけだが、ご到着早々のそんな一言で、チームはさらに、彼の様子をなんとなく気にかけるようになる。

彼は総支配人から若々しいベルマンまで、誰に対してもいつも同じように振る舞う。そのため、彼の滞在中はロビーがいつもより少しにぎやかになる。

「9時に出れば間に合うよね」という“共有”

Aさんが平日はパリッとしたスーツを着て、ほぼ同じ時刻に同じオフィスにお出かけになることはロビー周りの者は皆承知している。

時折行き先が違うときは、必ず前日に「明日はここに10時に行くことになってるんだ。9時に出れば間に合うよね」と“おしゃべり”をしに立ち寄られる。

その“おしゃべり”をするだけで、私たちが翌朝地図を用意して、ロビー周辺に情報を共有し、スムーズに出かけられるように準備していることを知っていらっしゃるのだ。

当日になって「地図がほしい」「車を用意して」とオーダーされたとしても、当然私たちはまったく同じ仕事はするわけだが、こうして信頼されると、人は気持ちよく、しかも確実に動こうとすることをよくよくご存じなのである。

しかもこの方、どういうオーダーも必ず、時間の余裕を持てるタイミングでおっしゃるので、私たちも丁寧に仕事ができて、勘違いや間違いが起きることがまずない。実にうまいのだ。

Aさんに限らず、私が思うに忙しく世界中を巡って働くトップビジネスパーソンの方は、このように言葉のかけ方がうまい傾向がある。

コンシェルジュサービスデスクカウンター
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相手が喜ぶことを行動で伝える

3月の中ごろ、Aさんが「今年も桜が咲き始めたね。君たち、もう咲いてるの見た? 僕は今日見たよ」と自慢げに外出先から戻っていらした。

毎年決まって一番に咲く木がホテル近くに1本あるのだが、どうやらそれを見ていらしたらしい。しばらくその場所や、どんなにかわいらしく数えられるほどの花が咲き始めていたと雑談をしてからお部屋に戻られた。

元から工芸品や、アート、美しいものに興味がある方で、時折そうした品をご所望になり、ギャラリーを案内することもある。しかもこの10年間頻繁に日本にいらしているので、夏の嵐も冬の雪も体験し、日本人と同じくらい四季に敏感になっていらっしゃるようだ。

コンシェルジュは日頃から、日本の魅力を伝えることは重要な役目の一つと思って仕事に向き合っているので、そんなことを言われると、またこの方のセンスや温かみがうれしくなってしまう。

私たちの前ではお話しにならないが、実は日本語もなかなかのもので、ホテルの外では英語を話さない人たちともコミュニケーションが取れていることは私たちも知っている。

「一流」のお願いに現場が奔走

数日後、ことさらニコニコしながらデスクに近づいていらっしゃると、「いいこと考えついた!」とおっしゃる。

なんでも2週間後、4月の初めに自国でホームパーティーをするので、「その会場に桜を飾ったらきっと皆喜ぶと思うから、小さめの桜の木を持ち帰りたい」と言うのだ。

応対しているひとり以外のコンシェルジュメンバーも、ほかの仕事をしつつも聞き耳を立て、さぞや大きなおうちなのだろうことを想像しながら、すでにわくわくと作戦をたて始めている。

この方が「本当に欲しい」のは何なのか。それを叶えるためにできる方法は何か。できるだけ早く、目指すゴールの明確な共通認識を持って、それを探しにかかりたくて、顔が笑い始めている。

根のついた木を個人が持ち帰るのは検疫の問題があって、そう簡単ではないことは経験から知っているので、まずそこをお客さまに確認する。土に植えるのか、花瓶に飾るだけなのかとお尋ねするときょとんとなさって、それはどうでもいいらしいことが表情から読み取れた。

「簡単でいいんだよ。日本の桜は特別だからね、満開の桜をパーティーに集まった友達に見せたいだけだから。桜はちょうどその頃咲くよね」

簡単かどうかはともかく、「木が欲しい」とおっしゃったのは、「植えたい」という意味ではなかったらしい。そして何気なく大きく両腕を丸く動かされた様子から、イメージしていらっしゃるサイズもわかった。

ほぼゴールが見えたので「どんな手配ができるかお調べしますね」、と時間をいただく。ご出発日までまだ3日ほどあり、しかもパーティーは2週間ほど先とあれば、お持ち帰りになるにも、お送りすることになろうとも間に合いそうな、またしても絶妙のタイミングである。

「一流」のお願いに「一流」が応える

早速、専門家にコンタクトする。日頃から付き合いのある花屋、枝物の店数軒から、さらにほかの専門家も教えてもらい、話を聞く。輸送についてもプロの知恵を借りる。桜の枝を持ち帰る方法はあっさりとわかったが、その専門家たちがそろって渋ったのは、「そんなに気候の違うところで、この桜たちがどうなるか」であった。確かに。

彼らもまた一流の専門家である。自身の専門に関しては、最後まで責任を持つ。できること、できないことははっきりと。そして何より、このリクエストや質問を面白がっていらっしゃる様子が伝わってくる。

そして、彼ら園芸のプロにとっては当たり前のことを、私たちのような素人にもわかりやすく説明してくれる。これもまた一流のなせる業である。

日本においてさえ、地域ごとに、いつ頃咲くか、咲かせるかを考え、育んで出荷しているのだから、開花直前になって、飛行機の貨物室で冷やされ、すでに30度を超えるアラブの3月に連れていかれて、さてこの枝の蕾はいつ開くのか……。課題はいくつもあった。

ホテル内の花工場には、婚礼やパーティー用の花がいつもたくさん用意されていて、花の専門家たちがちょうどその大切な日に最高の状態に開くように、昼も夜も大事に世話してくださっているのを知っている。これも一流の技である。当然、パーティー当日に一番美しく咲かせるであろう枝を見繕ってもらうつもりではいたが、気候が違うとその通りに行くとは限らない。

そうだ、そしてお客さまは、「パーティーで満開の桜を友達に見せたい」と大きな笑顔でおっしゃっていた。

その方がどういう言葉でおっしゃったか、その時どんな表情でいらしたかは重要である。その概要を知ればよいのではなく、どこが重要なのか、何にこだわっていらっしゃるのか、何が優先されるべきなのかは、生きたコミュニケーションからしか読み取れない。そしてこれは花の専門家も木の専門家も誰もが保証できないと言っている。

大切なのは「咲くかどうか」ではなく確かな事実を伝えること

そうして、「一流」のお願いに対して、「一流」の回答をするための準備は整った。私はAさんにこうお伝えした。

「150センチほどの枝を20本ほど用意しましょう。だいぶかさが張りますから、お送りすることもできます。今は蕾で、その頃咲くはずのものをそろえます。ただ、お客さまの国と日本とは条件が違います。調べてみましたが、予定通りに咲くかどうかは何とも言えません」

がっかりさせるだろうなと、お客さまの表情を見つつ、説明する。

お客さまは、一言、

「そりゃ、花だもの。咲かないことだってあり得るよ! それは花にしかわからないよね」

とこちらの心配を笑い飛ばした。

家族を離れ、世界中を旅し、気候も文化も習慣もさまざまであることを知り尽くし、思うようにならない場面もあまた経験していらしたであろうこの方は、同じ花が違う地域で咲けるかどうかわからないことなど、百も承知だったのである。

無理なこと、わからないことに思考や行動を邪魔されることなく、明白な事実と自身の思いを材料にタイムリーにクリアな決断を下す。人のせいにはしない。これもまた一流の方にしばしば感じるふるまいである。

「一流」のふるまいを「一流」がくみ取ると…

Aさんとのエピソードは印象深く、折に触れて話すことがあった。

あるとき、私の講演を聞きに来てくださった旅館の関係者の方と、Aさんの話をした。桜を見たいとおっしゃる海外からのお客さまが実に多いこと、けれど期間はあまりに短く予想も難しいので、滞在中に叶えて差し上げられないときもあること、国に持ち帰る方さえいる、といったことを雑談したのだった。

すると、翌年、ゴールデンウィークが近づく頃に、一抱えもの桜の枝が届いた。どれもまだ固い蕾のままだった。

「わが旅館のあたりはまだこんな具合です。今からでも間に合いますから、どうぞご希望の方があれば伝えて差し上げてください」とメモが添えられていた。

相手の気持ちを読み取り、その気持ちを華やがせることを楽しむ、これも一流の方ならではのコミュニケーションである。