「9時に出れば間に合うよね」という“共有”

Aさんが平日はパリッとしたスーツを着て、ほぼ同じ時刻に同じオフィスにお出かけになることはロビー周りの者は皆承知している。

時折行き先が違うときは、必ず前日に「明日はここに10時に行くことになってるんだ。9時に出れば間に合うよね」と“おしゃべり”をしに立ち寄られる。

その“おしゃべり”をするだけで、私たちが翌朝地図を用意して、ロビー周辺に情報を共有し、スムーズに出かけられるように準備していることを知っていらっしゃるのだ。

当日になって「地図がほしい」「車を用意して」とオーダーされたとしても、当然私たちはまったく同じ仕事はするわけだが、こうして信頼されると、人は気持ちよく、しかも確実に動こうとすることをよくよくご存じなのである。

しかもこの方、どういうオーダーも必ず、時間の余裕を持てるタイミングでおっしゃるので、私たちも丁寧に仕事ができて、勘違いや間違いが起きることがまずない。実にうまいのだ。

Aさんに限らず、私が思うに忙しく世界中を巡って働くトップビジネスパーソンの方は、このように言葉のかけ方がうまい傾向がある。

コンシェルジュサービスデスクカウンター
写真=iStock.com/Pornpak Khunatorn
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相手が喜ぶことを行動で伝える

3月の中ごろ、Aさんが「今年も桜が咲き始めたね。君たち、もう咲いてるの見た? 僕は今日見たよ」と自慢げに外出先から戻っていらした。

毎年決まって一番に咲く木がホテル近くに1本あるのだが、どうやらそれを見ていらしたらしい。しばらくその場所や、どんなにかわいらしく数えられるほどの花が咲き始めていたと雑談をしてからお部屋に戻られた。

元から工芸品や、アート、美しいものに興味がある方で、時折そうした品をご所望になり、ギャラリーを案内することもある。しかもこの10年間頻繁に日本にいらしているので、夏の嵐も冬の雪も体験し、日本人と同じくらい四季に敏感になっていらっしゃるようだ。

コンシェルジュは日頃から、日本の魅力を伝えることは重要な役目の一つと思って仕事に向き合っているので、そんなことを言われると、またこの方のセンスや温かみがうれしくなってしまう。

私たちの前ではお話しにならないが、実は日本語もなかなかのもので、ホテルの外では英語を話さない人たちともコミュニケーションが取れていることは私たちも知っている。