分別くさい天才児
では、当のセーラはどんな子だったか。
第一にこの子は天才的な頭脳の持ち主です。7歳児とは思えないほど語学の才に長けています。英語はもちろん、フランス語もドイツ語もお手のもの。しかも彼女は本の虫で、歴史、伝記、詩、何でもかんでも読みまくる。
第二にセーラは7歳児とは思えないほど分別くさい子です。父が「小さな奥さま」と呼んでいるくらいで、異様に大人びて、ものおじしないところがある。
第三に彼女はたいへんな正義感の持ち主です。だれかがいやな目にあっているのを見ると、その場に飛びこんでいきたくなる。〈もしセーラが男で、それも何世紀か前に生まれていたら、抜き身の剣を手に、国じゅう飛び回っていたでしょうね〉と父のクルー大尉は自慢げにいいます。
これはお姫さまというよりは騎士、男の子に求められる資質です
本国から離れた土地で育ったこと、女性のロールモデルである母を早くに失ったことで、女子のジェンダー規範から、おそらく彼女は自由だった。クルー大尉に褒めるべき点があるとしたら、そんな娘の「男らしい」資質を抑圧しなかったことでしょう。
並外れた空想力
さらにつけ加えておくと、セーラは度を越した空想好きです。ロンドンで父に買ってもらった人形のエミリーを彼女は親友と思っている。そこだけは「女の子らしい」感じがしますが、この「親友」を手に入れるために父娘がロンドン中を駆けまわり、人形に洋服まであつらえたことを考えると、やはりどうかしています。
ともあれクルー大尉は、娘が望むものは何でも与えてやってくれといい残してインドに発ちます。寄付金もはずんだのでしょう。セーラは「特別寄宿生」として学校に迎えられます。彼女に与えられたのは、専用の居間のついたベッドルーム、ポニーと馬車、インドで身の回りの世話をしていた乳母に代わるメイド……。破格の待遇です。
セーラ、学園のスターになる
イギリスで義務教育制度が整うのはもう少し後のこと。セーラが入学した「セレクト女子寄宿学園」は、個人経営の私塾みたいなものでした。ここでは幼稚園児にあたる4歳児から、中学3年生にあたる15歳までの少女が共同生活をしています。
女子の寄宿学校とは、まあ「プチ大奥」みたいなもんです。当然そこには権力争いがある。セーラも好奇の的になりますが、まもなく彼女は学園内の弱者たちの心をつかむことで、学園のスターになります。
空想好きのセーラの武器は、お話を創作して語る能力でした。妖精や貴婦人や人魚のお話を。本で学んだ文学的な教養なしに妖精や貴婦人や人魚のお話はつくれません。芸は身を助くというべきでしょう。無類の読書好きだったことが、彼女をスターにしたのでした。