皮肉を込めたあだ名「プリンセス」
そして2年がたちました。9歳になったセーラはひとりの不遇な少女を発見します。重い石炭箱を運び、暖炉に火を入れながら、おずおずとセーラのお話に聞き耳を立てている少女を。名前はベッキー。学園に雇われている「洗い場女中」でした。
その日セーラが部屋に戻ると、ベッキーが安楽椅子で眠りこんでいた。〈あちし、そんな、つもりじゃ、なかったんです、おじょうさま〉。あわてるベッキーをセーラは怖がらなくていいのよとなだめ、ケーキをすすめて、毎日仕事が終わったらここで会おうと誘います。そしたら、お話を最後までしてあげるから、と。
いつでもだれに対しても「上から目線」で接してしまうセーラ。
「プリンセス」というあだ名がついたのも、そのせいでした。
〈あの子、今、王女のつもりなんだって。で、ずっとそうしてるんだって〉と、セーラが来るまで学園を仕切っていたラビニアはいいます。
〈あの子なら、乞食になったって王女のつもりでいるかもね〉
〈そうだ、あの子のこと、『王女様』って呼ぶことにしましょうよ〉
『小公女(リトル・プリンセス)』というタイトルは皮肉をこめて級友がつけたあだ名に由来するのです。意地悪なニュアンスをくみとれば「姫」でしょうね。
セーラ、突然みなしごになる
しかし、そんな彼女にもついに大きな試練が訪れます。
それは彼女の11歳の誕生日でした。盛大な誕生パーティーの最中に、インドにいる父のクルー大尉がマラリアで急死したこと、しかもダイヤモンド鉱山の事業に失敗し、無一文になっていたことが知らされます。しかし、プリンセスのように毅然とした態度でいようと誓っていたセーラは騒ぎも泣きもしなかった。
〈気取った態度をとるのはやめなさい〉とミンチン先生は命じます。〈そういう時代はもう終わったのです。あなたはもう王女じゃないの〉。〈あなたはベッキーと同じなの。食いぶちのために働いてもらわないことにはね〉
クルー大尉のバカバカしいまでの金持ちぶりも、娘に対する気持ち悪いほどの甘やかし方も、そしてセーラの鼻持ちならなさも、すべてこの瞬間のために用意された仕掛けだった。
後見人を失った子どもには何の価値もないこと。学校においてさえ持てる者と持たざる者の差は歴然としていることを上の事実は物語っています。
過酷な現実をしかし、彼女は持ち前の想像力で乗り切ろうとします。
〈私は、バスチーユの囚人なの。何年も何年も何年も、ここに閉じ込められるの〉
〈ミンチン先生は牢屋番よ〉。そして〈ベッキーは隣の牢の囚人なんだわ!〉。