自力でつかんだV字回復の物語

小公女』は『シンデレラ』のバージョンアップ版です。

斎藤美奈子『挑発する少女小説』(河出新書)
斎藤美奈子『挑発する少女小説』(河出新書)

おとぎ話の『シンデレラ』は屋根裏部屋の下女だった少女が急上昇して幸福をつかむ物語でした。『小公女』はお嬢様だった少女が下女に急下降する物語です。

『シンデレラ』と『小公女』、さらに敷衍ふえんして、おとぎ話と少女小説のちがいとは何でしょうか。

それは魔法使いが出てくるか否かです。

シンデレラがかぼちゃの馬車で舞踏会に行けたのは、超自然的な魔法使いの力ゆえでした。またシンデレラが幸福をつかんだのは、彼女の美貌に王子が一目惚れしたからです。『シンデレラ』といい『白雪姫』といい『眠り姫』といい、おとぎ話の王子ってものは、親の威光で食ってるくせに女を容姿で判断するような男ばかりです。

ひるがえって『小公女』はどうか。11歳にして人生のどん底に落ちたセーラは、ここから再び幸福への道を上りはじめます。『小公女』はV字回復型の物語なのです。

一度目の幸福、すなわち彼女が金持ちの娘に生まれたのはたんなる偶然にすぎません。しかし、二度目の幸福は、彼女が自力でつかんだものだった。

王子に見そめられて結婚するという古くさいお姫様の物語を、『小公女』は近代の物語につくりかえたのです。

斎藤 美奈子(さいとう・みなこ)
文芸評論家

1956年、新潟市生まれ。1994年、『妊娠小説』でデビュー。『文章読本さん江』で第1回小林秀雄賞受賞。著書に『日本の同時代小説』『中古典のすすめ』『忖度しません』など。