「今はデフレ」という誤った認識

しかし、財政への信頼喪失からくる通貨安インフレは、モノやサービスの需給とは別の次元の話です。現に、アベノミクスでも円安インフレは発生していますが、これは日本国内の需要が増えたからではなく、単なる通貨安インフレです。MMT論者は、この「通貨安インフレ」というものを全く無視しています。

日本のMMT論者を見ていると、「物価上昇率前年比2%を達成するまでは財政拡大してよい」と主張する人が多いようですが、極端な財政支出の拡大をすれば、円安インフレによってあっという間に前年比2%は達成されてしまうでしょう。アベノミクスだって、2014年から15年にかけての原油の暴落という偶然が無ければ、前年比2%が達成されていたことは確実です。しかし、それは単に通貨の価値が落ちたことによるインフレですので、国民にとって全く意味の無い悪いインフレです。

彼らは、私が見ている範囲ではみな「今はデフレ」と認識しているようです。しかし、これは誤りです。デフレとは、継続的に物価が下がり続ける現象のことです。アベノミクス開始以降、物価が前年を下回ったのは、円高になった2016年のたった1回です。それ以外の年では全て前年より物価が上がっており、19年と12年を比較すれば、7.2%も上がっています。これを食料価格だけに絞って見てみると、11.4%も上がっています(図表1)。なお、食料価格については、アベノミクス以降で前年を下回ったことは一度もありません。

消費者物価指数(持家の帰属家賃除く総合)と食料価格指数の推移

MMTに欠けている「通貨とは何か」

値段が同じなのに食品が小さくなっていることに気付いた方は多いでしょう。今では値段も上がった上に食品が小さくなっている状態です。これは円安が最も大きく影響しています。自国通貨の価値を下げることにより起きる「通貨安インフレ」は、国民生活を苦しくするだけなのです。

さらに、彼らは異次元の金融緩和の副作用も完全に無視しています。ここまで説明してきたとおり、異次元の金融緩和の副作用は、インフレ抑制手段の王道である「売りオペ」ができないため、インフレを制圧できないのではないか、という点です。彼らは「いざインフレになっても簡単に抑え込める」と思っているようですが、大きな間違いです。

MMTには「通貨は価値が姿を変えたもの」という考えが欠けているなと思います。彼らは借金で通貨が増えていくと主張します。それは間違っていないのですが、借金は、現在価値と将来価値の交換です。将来の時点において借りた金を上回る価値を生み出し、それを通貨に替えて返済できなければ成り立たないものです。

国債は、国が国民から徴収した税金をもって返済するというのが建前です。会社は財やサービスを生み出してお金に変えなければ返済できませんが、国は強制的に税という形でたくさんのお金を徴収できます。だから、返済が最も確実と期待され、低金利で国債を買ってもらえるのです。