変えたいこと、守り抜きたいこと

玉川釉薬の工場の内部
玉川釉薬の工場の内部(写真提供=玉川釉薬)

尋子さんが目指すのは「女性に釉薬職人は無理」という思い込みを打ち破ることだ。暑い現場、重いタイルの上げ下ろしなど体力勝負の部分はあるが、女性に不利なのはそこだけ。「釉薬職人の命である色出し技術に性別は関係ない、センスで勝負するならむしろ女性向き」と力を込める。

「15年前に入社した時、父から『女性には職人は無理』ってはっきり言われました。職人になってからも、お客様から『女性にできるのか』と言われて悔しい思いをしました。でも私、負けず嫌いなんですよ」

人一倍の努力が実り、今では父親からも客からも認められているが、地元の釉薬業界では唯一の女性職人。それでも「父の技術と仕事を丸々受け継いでいるし、厳しい中でも売り上げを伸ばしている」(幸枝さん)と、性別が関係ないことを実績で証明してみせている。

姉妹の父、玉川勉さん
姉妹の父、玉川勉さん(写真提供=玉川釉薬)

古い慣習を壊す一方で、もちろん大事に守っていきたいものもある。色出しの技術やこだわり、誠意を込めたものづくり、決しておごらない姿勢。いずれも、2人が昔気質の職人である父親から受け継いだものだ。

「父は誠実なものづくりを信条とする“The 職人”。最近になって、私たちもそのスピリットを受け継いでいるなと実感しています。また、父の『お客様第一』という姿勢も、新規事業を運営する上で学ぶことが多いです」と幸枝さん。

尋子さんのほうは、職人として、顧客がほしいという色をきっちり出せた時に喜びを感じるタイプ。その点では研究者肌の父親とは少し違うそうだが、顧客の期待に何としてでも応えようとする姿勢は共通だ。

「私、どんな難しい注文にも応えようとしちゃうから、社内で“断れない女”って言われているんですよ。両親もお客様第一という考え方で、技術と同時に真面目さや堅実さでも評価をいただいてきました。そういう気持ちは大事だと思うので、しっかり受け継いでいきたいです」

家業を支える「最強コンビ」

今は父親が経営する玉川釉薬。近々、この2人が事業を継承する予定だ。2人のどちらが経営を引き継ぐ予定なのだろうか。家族の間でも最近その話題が出ているそうで、「父は姉で考えているみたい。『職人たるもの経営もやれ』って」と幸枝さん。それを聞いて尋子さんは「でも幸枝のほうが経営者向きでしょ」と笑う。

尋子さん(左)と幸枝さん(右)
尋子さん(左)と幸枝さん(右)(写真提供=玉川釉薬)

今は、将来を見据えて2人で経営会議をすることもしばしば。両輪で家業を支えている実感があると口をそろえる。

「幸枝は外を飛び回っているから、隣を見たらいつもいないんですけどね。でも思いは同じだから、2人で力を合わせて、黒子的存在だった釉薬メーカーをどんどんエンドユーザーとつながれるように変えていきたいです」(尋子さん)

「そうそう、私は飛び回ってるからいつもいないよね(笑)。ただ、100%下請け型の事業ってリスクが高いから、これからも複数の新規事業を走らせていくつもりです。そうした事業を通して、家業や地場産業に貢献できたらうれしいですね」(幸枝さん)

古い慣習は積極的に変え、釉薬を中心とした誠実なものづくりは大切に受け継いでいく。そんな共通の思いを持って家業を支えている2人。若い感性を持った姉妹が業界にどんなイノベーションを起こしていくのか、今後を楽しみにしたい。

井戸 尋子(いど・ひろこ)
玉川釉薬 役員
1982年生まれ。2003年、玉川釉薬に入社。顧客営業と釉薬製造を担当したのち結婚・出産に伴って一時休職。現在は現場に復帰し、父親の後を継ぐ職人として営業や釉薬の研究開発・製造に取り組んでいる。小学6年生と幼稚園年長の2児の母。
玉川 幸枝(たまがわ・ゆきえ)
玉川釉薬 役員/合同会社プロトビ・TILEmade 代表
1984年生まれ。2003年、玉川釉薬に入社。勤務を続けながら世界一周やボランティア活動を行ったのち退職。上京してビジネスを学び、プロトビを起業。2017年、オーダーメイドタイルのブランド「TILEmade」を立ち上げる。同年より拠点を瑞浪市に移し、家業や地場産業の活性化に取り組んでいる。