残業時間の上限規制は国際的に見てクレイジーなレベル

高プロ制度は19年4月から20年3月末までの1年間に導入企業は約10社、対象労働者は414人と低調だ。労働時間規制の適用から外れる管理職を除いた労働者の年収要件が1075万円以上というハードルが高すぎたのか。いずれにしても今後どうなるのか注視していく必要がある。

他の法律については中途半端さを拭えない。残業時間の上限規制については、EUは1週間48時間を超えてはならないとする絶対的上限規制がある。それに対して新法では月平均60時間(年間720時間)、しかも単月で100時間未満となっている。週5日労働、年間52週だと年間の労働日は260日。1日の法定労働時間(8時間)に換算すれば2080時間。これに720時間の残業上限を加えると2800時間になる。ヨーロッパの労働者から見たらクレイジーと言われそうな時間だ。

非正規社員と正社員の基本給格差是正には遠い

同一労働同一賃金については、当初は法律にEU諸国の法律のように「客観的合理的理由のない不利益な取り扱いを禁止する」という書きぶりの条文にする予定もあった。そうすれば非正規社員から正社員となぜ違うのかと聞かれたときに会社側に説明責任が発生し、裁判では立証責任が生じ、会社側はその差について合理性があることを説明する必要がある。

ところが新法では、従来の法律と同じ「労働条件に相違がある場合、その相違は不合理と認められるものであってはならない」とし、①職務の内容(責任の程度)、②配置の変更の範囲、③その他の事情――の3つの要素に照らして裁判官が判断するという幅広の解釈ができるようになっている。しかも立証責任は原告と被告双方が負うことになっている。この法律だと非正規社員と正社員で明らかに違う食事手当などの福利厚生と扶養手当や住宅手当、皆勤手当、ボーナスなどの支給では一定の効果があるかもしれないが、基本給の違いを是正するのは難しいとの指摘もある。

いずれにしても残業時間の上限規制と並んで同一労働同一賃金法制は施行されたばかりである(同一労働同一賃金の中小企業の施行は21年)。これによって過労死が減るのか、非正規社員の処遇は改善されるのかなど、本当に実効性があるかどうかは今後の行方しだいである。その効果を見ぬうちに安倍首相は退陣したが、それが見えない限り、レガシーと呼ぶには早いだろう。

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溝上 憲文(みぞうえ・のりふみ)
人事ジャーナリスト

1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。