「溝手潰し」のために妻を対抗馬にするという忠義の結果

「溝手潰し」の刺客として急浮上したのが、案里議員だった。昨年3月、自民党は案里氏をもう一人の公認候補として正式に決めた。それではなぜ、彼女に白羽の矢が立ったのだろうか。

夫の克行議員が安倍首相に信頼されていたからだろう。克行氏は第1次内閣のときから安倍首相を助けてきた。たとえば安倍首相が返り咲く2012年9月の自民党総裁選では、推薦人の1人として自民党内の支持者を取りまとめている。

さらに克行氏は溝手氏と同じ広島を地盤としており、現地の事情に詳しい。「溝手潰し」のために妻を対抗馬にするという忠義を尽くした結果、安倍首相は克行氏を法相という要職に取り立てている。

昨年7月の参院選では、自民党本部からは案里氏側に1億5000万円の選挙資金が出た。その金額は溝手氏陣営の10倍だった。さらに安倍首相は自らの複数の秘書を選挙戦に送り込んでいる。何が何でも案里氏を勝たせたかったのだろう。

自民党には毎年約170億円の政党交付金が配分されている。つまり選挙資金となった1億5000万円には、国民の血税が流れている。

安倍首相には、税金を使った買収を煽り、気に入らない候補を落選させている疑いがある。事実だとすれば、国民を愚弄している。検察はしっかりと捜査を進め、事実を追及してほしい。

いずれの問題も、政治権力が安倍首相と周辺に集中した結果

河井克行氏と案里氏は、なぜここまで地に落ちてしまったのか。

克行氏は、安倍首相の側近として「安倍1強」という政治権力を何度も目にしていた。安倍首相に多くの国会議員がひれ伏し、閣僚として内閣に組み入れてもらう。官邸主導で霞が関の官僚も手玉に取れる。「安倍1強」の前では怖いものなどない。そう考えるようになったのではないか。それは妻の案里氏にも強く伝播した。

昨年11月20日、安倍首相の在職日数が通算2887日に達し、憲政史上最長となった。

「もり・かけ問題」と揶揄された森友学園と加計学園の不祥事、安倍首相に近い人々だけが優遇される「桜を見る会」、政治と金の問題の発覚による主要閣僚の相次ぐ辞任、検察庁法改正の問題、検察ナンバー2の不祥事、そして今回の河井夫妻の逮捕。いずれの問題や事件も、政治権力が安倍首相と周辺に集中した結果だ。いわば「安倍1強」の落とし子なのである。

「安倍1強」では緩みや驕り、歪みが生じる。安倍首相はそれを自覚しているのだろうか。記者会見で安倍首相は「深い反省」という言葉をよく使うが、それが本当ならなぜこれほど問題が繰り返されるのだろうか。