異動直後に妊娠&夫の海外赴任が決まる

プライベートでは、入社2年目で大学の同級生と結婚していた。そして30歳のとき、国内にあるマーケティング部門へのオープンジョブポスティング(社内公募制度)に応募し、異動することになった。

ところが、その辞令直後に妊娠が発覚。異動先の上司との最初の面談で、妊娠報告をすることになった。これからどうしようかと上司と相談したわけだが、話はそこで終わらなかった。夫に香港転勤の辞令が下ったのだ。

出産は4月だったが、夫は5月から香港駐在となった。夫不在で産後の3カ月間を日本で過ごした後、大東さんも赤ちゃんとともに香港に渡ることにした。ここから、大東さんの「駐妻」生活がスタートする。

バリキャリから専業主婦へ

香港の生活はただただつらかった。当時は香港に知り合いもおらず、FacebookやLINEなどSNSで流れてくる楽しそうな日本の友人のタイムラインを見るたびに心がふさいだ。香港には商社などの駐妻がたくさん住んでいるエリアもあったのだが、メーカーであったため住まいは郊外で、現地の人しか住んでいないエリアだったことも、寂しさに拍車をかけた。そのうえ、気温の高さもあり、部屋に閉じこもってしまう生活が続いた。

そのため当初は、1年の育休期間が終われば、自分と赤ちゃんは日本に戻って、夫と別々に暮らすことも考えていた。しかし、子どもをかわいがる夫の姿を見て、心が揺らいだ。夫と離れ、日本で子どもを育てることも大変だろうという思いもあり、日本に戻った場合と香港に残った場合の損得を、自分で何度もシミュレーションした。

背中を押してくれたのは、堀江貴文さんだった。堀江さんの『ゼロ』という著書が好きで、メルマガを読んでいたのだが、日本に帰るかどうかという悩みをそのメルマガの窓口に送ってみたのだ。すると、堀江さんの返事は、「旦那が好きならついていくべき」だった。合理的な考え方をする印象のある堀江さんから「感情的」な回答が返ってきたことは意外だったが、これにより損得を超えた選択をすることに決めた。そして最終的には育休後に会社には戻らずに退社し、専業主婦として香港に残ることになった。