厚生労働省のまとめによると、2020年4月の自殺者数は前年比約20%減。新型コロナウイルスの感染拡大予防で、多くのビジネスパーソンがリモートワークに移行したことによる、仕事や生活の環境の変化が自殺者の減少につながったという見方もあります。実際はどうなのでしょうか。ビジネスパーソンの心の問題に詳しい産業医の井上智介さんに伺いました。
テレワーク中、ノートパソコンを使用している女性のそばに猫がいる
※写真はイメージです(写真=iStock.com/slavemotion)

自殺率が下がった理由

「自殺者数が減った」という今回のニュースを聞いて、産業医としてはちょっと意外に思いました。というのは、リモートワークによって、孤独感を強く感じる人が増えて、自殺が増えるのではないかと心配していたからです。これは、うれしい誤算といえます。

そもそも自殺に至る条件というのは次の3つがあります。

①所属感の減弱
②負担感の自覚
③自殺する能力がある

①「所属感の減弱」とは、どこにも所属していない孤独や孤立といった気持ちが強いとうつ状態に陥り、自殺を誘発します。先にお伝えしたように、今回の新型コロナウイルス問題でリモートワークが増えると、この感覚が強くなる人が増えるだろうと予想されましたが、蓋をあけてみると、孤独感よりもむしろ気持ちが安定する人が多かった。これは想定外でした。

➁「負担感の自覚」というのは、自分が周りに迷惑をかけている、負担を強いているという気持ちが強いほど、自殺に至りやすいということです。しかし、今回こういう状況下で、自分だけでなく周りも仕事ができなくなったり、迷惑をかけたりしている。みんな同じだよねという感覚が生まれて、ふだん自己否定の強い人も、そう感じなくなったということが考えられます。

➂「自殺する能力がある」。これは文字通り、自殺を実行できる力があるということです。若者が自殺すると「若いのにどうして」と周りは嘆きますが、若いと高いところに登れるし、自分を刺す力も持っているし、自殺というのは若いからこそできるわけです。寝たきりの人は動けないので自殺できません。しかし、新型コロナウイルス問題で外出制限がかけられたため、高いところに登ったり、ナイフを買いに行ったりすることが難しくなってしまった。この能力が奪われてしまったことが、自殺に歯止めをかけたのではないでしょうか。

そう考えると、今回の新型コロナウイルス災禍で自殺が減ったのは、主に②と➂の力が落ちたことが要因になったといえるでしょうね。