自殺したいと思ったことがある人は日本人全体の2~3割。友人や恋人、家族からそう打ち明けられた経験のある人も少なくない。末木新さんは「打ち明けられたとき、1回、対応することはできても、ずっと対応し続けることは相当難しい。1回対応するだけでも神経を使い疲れるが、それが何度も何度も繰り返され、しかも状況が好転しているように感じられないとしたら、爆発してしまっても無理はない」という――。

※本稿は、末木新『「死にたい」と言われたら 自殺の心理学』(ちくまプリマー新書)の一部を再編集したものです。

ソファーの上でひざを抱え、丸まっている女性
写真=iStock.com/PonyWang
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「死にたい」という気持ちには波がある

自殺願望を打ち明けてきた相手の気持ちを受け止めるとはいっても、「死にたい」と言われる状況に対応していくのは専門職でも大変であり、そうでなければなおのことです。「死にたい」状況に追い込まれている人は、「このようなつらく苦しい状況が今後変わることはない」という絶望感に飲み込まれているわけですが、それに対応する方も、「このまま自分の大事な人が自殺を考える状況が変わらないのではないか」という絶望感に飲み込まれそうになることがあると思います。

そのような時には、こうした状況は短期的・中期的に見て変わり得るというデータを心の支えにしてください。「死にたい」という気持ちの高まりは寄せてはかえす波のようなものであり、高いときもあれば低いときもあります。そして、その人が置かれた状況そのものは大きく変わらずとも、気持ちの方はゆっくりと変わりゆくものです。

著名人が死んだときは高く、オリンピックのときは低い

根拠となる事例をいくつか挙げたいと思います。

1つ目は、生活環境そのものが大きく変わらずとも、自殺の波が低くなる例を挙げたいと思います。サッカーワールドカップやオリンピックのような国際的なスポーツイベントが実施される期間は、自殺率が低くなるという現象が見られます(顕著な例では、戦争が行われている間、より低くなります)。こうしたイベントの自殺率低減効果はスポーツの好きな中高年男性で特に大きいようですが、これはおそらく、こうしたナショナリズムに訴えかけるイベントが人々を団結させ、孤独感を一時的に低減するからでしょう。

2つ目はウェルテル効果の存在です。

これは芸能人や政治家などの有名人の自殺がメディアを介して報道されると、その後2週間程度の間、自殺率が高くなる現象のことです。この影響を最も強く受けるのは、自殺で亡くなった方と同じような属性を持つ方ということになります。たとえば、比較的若い女性の有名人が自殺で亡くなると、若年女性の自殺率が高まる、といった感じです。

当然のことながら、有名人の自殺が起きたからといって、模倣や後追いで亡くなった方たちの生活環境そのものが変わったわけではありません。しかし、自殺の波は高まります。「死にたい」には波があり、その人が置かれた状況そのものは大きく変わらずとも変化する類いのものなのだというのは、このような意味です。「死にたい」に対応する時には、そのことを常に心の内にとどめておきたいものです。