高齢者は重症化しやすいというデータでは説得できないワケ

しかし現実問題として、高齢者が外出を自粛しないのは問題です。外出を自粛してもらうにはどうすればいいでしょうか。

「コロナウイルスに感染した高齢者は重症化しやすいという事実を、数字などのデータを見せて説得すればいいのでは?」と思うかもしれません。

しかしそうしたところで、おそらく効果は期待できないでしょう。

実は「健康に関する啓蒙・啓発活動には、ほとんど効果がない」ということが、専門機関の研究によって明らかになってきています。

たとえば健康保険組合が「健康診断を受けてください」「メタボだと診断された場合は指導を受けてください」などとアナウンスしても、受診率はなかなか上がりません。「メタボを放置すると将来こういう病気にかかる確率が高くなりますよ」という資料を送ったとしても効果なし。この傾向は特に年齢が上の世代に顕著だといいます。

検診を受けない理由には、「自分だけは大丈夫」と思い込む「正常性バイアス」や、大きな変化を嫌う「現状維持バイアス」が働くということもありますが、やはり元気な高齢者は、「自分のことは自分で判断できる」という自負があるのでしょう。

説得するのではなく、本人から言葉を引き出す

人を説得するというのは、実はとても難しいことです。私もコンサルティングの一環で経営会議などでトップの方に決断してもらわなければならないときがありますが、そんなときでも基本的に説得はしません。どこからも文句のつけようのないデータを用意して、「絶対にこうしたほうがいいですよ」と説得したところで、経営者というのは誰かに説得されるような人たちではないのです。仮にその場では説得したかたちになっても、後日実行に移されなければ意味がありません。

それではどうするかというと、本人が自分で判断したという形にもっていくことです。その経営者が持つ価値観に基づき、その人がよく使う言葉を自分も使って説明する。そして、さまざまな判断材料を揃えたうえで、本人の口から

「それなら、こういうふうにしたほうがいいんじゃないか?」

という言葉を引き出すようにすると、うまくいく確率は高くなります。自分で判断したことは実行に移されるのです。

コロナで外出もままならない現在は、人々が普段とは違う行動をとるときです。こんなときだからこそ人々の行動に注目し、どういう心理が働いているのか、いつもなら考えないようなことを考えてみるのも、マーケティングセンスを磨く訓練になるでしょう。

構成=長山 清子 写真=iStock.com

桶谷 功(おけたに・いさお)
インサイト 代表取締役

大日本印刷、外資系広告会社J.ウォルター・トンプソン・ジャパン戦略プランニング局 執行役員を経て、2010年にインサイト社設立。初著『インサイト』(ダイヤモンド社)で、日本に初めてインサイトを体系的に紹介。他に『インサイト実践トレーニング』『戦略インサイト』(ともにダイヤモンド社)など。商品開発・ブランド育成などのコンサルティングを行っており、消費財・サービス・テック系企業などで実績多数。インサイト オフィシャルページ