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冬眠している熊たちの共謀
2001年1月から、チェイノスは、ウォール街の投資銀行のアナリストたちと意見交換を始めた。その結果、アナリストの大多数が「エンロンはブラック・ボックスで、分析することは不可能。だが、同社が利益を出している限りは、何の問題もない」という態度でいることを知って驚く。また、アナリストたちが、エンロンが投資銀行に対して払う巨額の手数料のために、同社に関して常に好意的な意見を発表しなくてはならないプレッシャーを受けていることも見てとった。
2001年2月初め、ニューヨーク・タイムズに、カリフォルニア州の電力危機(電力不足)に際して、エンロンがとった行動に関する記事が掲載された。記事によると、エンロンは、カリフォルニア州の需要家に対して、電力を供給する契約をしていたが、契約書の中に挿入していた、「エンロンに対する電力供給者が電力を供給できない場合は、エンロンは需要家に対する責任を負わない」という一文を盾にとり、電力供給を拒否したという内容だった。チェイノスは、電力供給市場におけるエンロンの信用はガタ落ちになると確信した。株価はまだ80ドル前後だった。
同月、チェイノスは、マイアミの高級ホテルに20人ほどの投資家を集め、「Bears in Hibernation(冬眠している熊たち)」と名づけた集会を開いた(熊は「株価下落」を意味する)。チェイノスが、それまで集めたエンロンに関する材料を披露したところ、投資家たちは、カラ売りに賛同した。
まもなく、チェイノスは、エンロンの多数の幹部が退社しているという事実を知った。また、幹部の自社株売りも一向に減らなかった。さらに、2000年の「10K」や、2001年3月の「10Q」でも、引き続き「ゲイン・オン・セール」会計を使い、利益率も依然として低かった。「関係会社」との取引も、それに関する財務諸表の記述は、以前よりも詳細になっていたが、やはり理解するのは困難だった。たとえば、「関係会社」とは「エンロンの上級幹部」がコントロールする複数の法人(limited partnership)で、1999年と2000年に、エンロンは新たな複数の組織(entities)をつくり、それら組織にエンロン株を拠出して資産を移したうえで「関係会社」とデリバティブを使用した様々な価格ヘッジ取引を行ったと記載されていた。