捨て身のプレゼンのために取り組んだ「キャラ変」
それは人材教育でも大事なことだった。スパの施術スタッフの技術をいかに上げていくかと考えていたとき、永田さんが提案したのは、リゾナーレ八ヶ岳に集まって研修を行うことだった。国内の各施設で働くスパスタッフが集まって交流することで、互いに刺激を受けることもできる。同じ悩みをもつ仲間が定期的に話し合える機会を作りたいと考えたのだ。
研修を続けていくなかで、スタッフが抱える悩みや課題も見えてきた。せっかくやる気になって自分の施設へ戻っても、どんどん辞めてしまう人が出てきた。その理由を聞いていくと、現場で板挟みになって苦しんでいることがわかる。スタッフはサービス業務もこなしていたため、本来の施術に専念できないストレスを抱えていたのだ。
「不幸な退職が起きていることについて、ふつふつと怒りも湧いてきました。代表はこの状況をわかっているんだろうかと思い、談判したのですが、あえなく玉砕してしまい……」
今思えば、自分も浅はかだったと苦笑する永田さん。正義感に燃えて、熱く訴えたにもかかわらず、代表は素っ気なく聞いているばかり。「じゃあ、永田さんがどうにかすればいいんじゃない」とひと言だけだった。
おそらく自分は解決策を相手にゆだね、きっと何とかしてくれるだろうと甘く考えていたのだと気づく。そのままでは口惜しく、ならばグループ全体に問題提起してみようと決意。もしクビを切られるならそれでもしかたない、捨て身でやってみようと覚悟を決め、再び立候補プレゼンに臨むことにしたのだ。
数カ月後に迫るプレゼンに向けて、永田さんがまず取り組んだのは「キャラ変」だった。
「周りから、あんまり笑わないとか、大きな声でしゃべらない、何を考えてるのかわからないと思われているのは、自分でも理解していました。人の前に立ってしゃべるのも苦手なので、『キャラ変』をしてみようと(笑)。滑舌よく、大きな声でトーンをあげてしゃべることを心がけてみたんです」
第一印象から変えることで、自分が伝えたいことをちゃんと聞いてもらえるかもしれない。真剣に考えた永田さんは、車通勤の車内でひたすら叫び、表情筋を鍛えるという日々を送る。緊張して迎えた本番当日、カメラに向かって熱弁をふるったプレゼンに、視聴者からの反響は好評だった。
「上手く言葉にできない」からこそ、対話をかかさない
その結果、人事から思いがけない昇進の話が舞い込む。なんと他の施設で「総支配人になりませんか」と言われたのだ。ようやく軌道に乗ったスパ事業から離れることも悩んだが、自分にもさらなる可能性があればと引き受けた。異動先は高知県の室戸岬にあるウトコオーベルジュ&スパ。いわば孤立した環境にある施設の再生を、グループ支援も遠い状態で手がけなければならない。赴任早々から壁に激突したと、永田さんは振り返る。
「そもそも組織全体で星野リゾートに対する帰属意識が薄いところをどうにかしなければいけないと思ったのです。そのため親身になって同じ目線で話を聞いていくうちに、少しずつ本音で話してくれるようになりました。スタッフは何を目標に働いているかわからず、今の施設がどういう状態なのかということも知らなかった。そこの理解を深めていくうちにすごくやる気にもなり、一緒に作っていこうという意欲につながっていったのです」
スタッフの努力のお陰で黒字化とグループNo.1の顧客満足度を達成。ここでの経験が自身にとっても会社で働き続けるモチベーションにもなったという。その後、永田さんは星野リゾートが全国展開する高級温泉旅館ブランド「界」へ異動し、日光、川治の施設で総支配人を任される。スタッフの労働負荷など多くの課題と向き合うなか、現場で対話を重ねることを欠かさなかった。
「一人ひとりと話すのは時間がかかりますし、本当はどういうことを表現したいのかと考えながら、コミュニケーションを取るには回数もかかります。他と比べたら何と地味なことに時間をかけているんだろうと思うけれど、表層的な部分でその人を判断して決めつけることはしたくない。たぶん自分もそうだったから、上手く言葉にならない気持ちがあるだろうという前提で向き合いますし、いろんな人の意見を聞いて自分の中で咀嚼することも面白いなと思っているんです」