転職後は「とにかく聞く姿勢」で関係構築を

祖母を看取ったとき、自分はこれから何をすべきなのかと考えた。介護経験を通して、心身の痛みや辛さを少しでも和らげることができればと思う。

アロマセラピストの資格を取り、自ら体験してみたのが「リゾナーレ八ヶ岳」のスパだった。星野リゾートのこともよく知らなかったが、就職した同級生に話を聞くうちに興味がわき、軽井沢の本社で中途採用の選考を受けることになった。

「そこでスパユニットのディレクターから、『現代湯治』をやりたいという話を聞きました。自分が生涯かけてやりたいことにも近いのではと感じ、その過程に携わることができたら面白いかもしれないと思ったんです」

2007年に「星のや軽井沢」へ入社。最初はサービス業務からスタートした。フロントのチェックインから和食の料飲担当まで覚えることが多すぎて、「2週間続かないかも……」と挫けそうになるが、「わからないことは聞けばいいし、年齢の若いスタッフにも教えてもらおう」と開き直ってからは、だんだんとコミュニケーションも取れていく。いろいろな業務を担当するなかで他の施設にも目が向いていった。

全国の社員にプレゼンする「立候補プレゼン」で異動

星野リゾート リゾナーレ八ヶ岳の総支配人・永田淑子さん

星野リゾートでは、ラグジュアリーリゾート「星のや」、リゾートホテル「リゾナーレ」などのブランドを運営し、毎月、各施設の業績を報告する会が開かれる。永田さんが気になったのは「リゾナーレ八ヶ岳」だった。

「なんでリゾナーレ八ヶ岳のスパの経営が苦しくなったのかと気になって、数字を調べたり、話を聞くうちに、何かできることがあるかもしれないと。軽井沢にこのまま居続けるより、チャンスがあるなら違うところでやってみようと思い、立候補したんです」

「立候補」とは何かと聞くと、「立候補プレゼン」という機会があるという。社内では、自分から手を上げないと異動や昇進のチャンスを得られない。そこでテレビ会議の場で、全国の社員にチームの課題とその解決策をプレゼンテーションする。視聴者にアンケートを書いてもらい、その結果と普段の勤務評価で決まるのだ。

永田さんは立候補プレゼンで「リゾナーレ八ヶ岳」への異動が叶い、希望していたスパユニットへ。意気込みは大きかった。

「八ヶ岳ではワインリゾートの取り組みが動き始めていました。飲むだけではないワインの魅力をどう伝えていくか。それをスパの切り口でやってみたいと思い、オリジナルの商品開発をしようと考えたんです」

国内のワイナリーにあるスパをめぐり、提携ワイナリーで畑仕事も手伝った。ワインやブドウの効能をいろいろ調べていくうちに、醸造で残る絞りカスが産業廃棄物になることを知った。何か使いみちがあるのではと考え、粉末にしてスクラブ・パックに使うことを思いつく。そのパウダーを成分分析してもらい、人肌で実験してみると保湿力が高いこともわかる。こうしてブドウ由来の成分を含むトリートメント商品が完成。「VINO SPA®」をオープンすると、女性客の人気をよんだ。

「実はそれまで、スパはブラックホールと言われていて(笑)。それくらいよくわからない事業だと思われていたようです」と永田さん。

かつてスパユニットのディレクターは歴代男性が務め、スパのターゲットにする女性の気持ちを掴めず苦戦していた。ひとり入った永田さんも、いかに協力してもらえるのか悩んだという。

「彼らが感覚としてわからないことはできるだけ話し合おうと努めました。タイミングも大切で、どういうときに自分の意見を伝えたら、その人たちにとって、私が居る意味を果たせるかということを考えたんです」