またレディ・ジェーン・グレイも、ヘンリー8世に運命をもてあそばれた1人。9日間だけイギリスの女王になった後、処刑された悲運の女性です。その経緯を簡単に説明すると、彼女はヘンリー8世の妹の孫であり、王位継承順位第4位。権力欲が強いしゅうとの陰謀の駒にされ、女王にかつぎだされます。

苦労人のエリザベスならば、降ってわいた女王の座に警戒心を怠らなかったはずですが、お嬢さま育ちのジェーンはそのまま受け入れ、反勢力派に処刑されることになります。毅然(きぜん)とした態度で処刑人に首を差し出したのは、立派です。享年16歳。次世代へ命をつなぐことなく、一番美しい時期に散った彼女の絵の前で、今なお涙する人が絶えません。

写真=Getty Images
16歳で命を散らした9日間だけの女王
レディ・ジェーン・グレイ
イギリス●1537~1554
フランス人画家、ドラローシュ作。サテンの純白のドレスは身の潔白を表すかのよう。本作は2017年の「怖い絵」展の顔となり、「どうして。」のキャプションとともに話題をさらった。
【光】ラテン語も話せた勉強家だった。改宗すれば処刑を免れたが、それも拒否した意志が強固な人。
【影】若すぎたため(戴冠時15歳、処刑時16歳)、エリザベスのような知略を用いることができなかった。
中野京子(なかの・きょうこ)
作家、ドイツ文学者
早稲田大学大学院修士課程修了。美術関係のエッセイを多数執筆。「芸術新潮」「文藝春秋」などで連載を持つ。著書に「怖い絵」シリーズ(角川文庫)ほか、近著は『美貌のひと』(PHP新書)。2017年「怖い絵」展監修。

構成=東野りか 写真=Getty Images、アフロ