余命宣告を受けた患者の多くは旅行や食事をして残りの人生を楽しもうとするという。だが、今年1月に他界した経済アナリストの森永卓郎さんは違った。そうしなかったのには3つの理由があった。「短距離ランナーとして死ぬまで前のめりで走り切ること」を胸に誓った故人の知られざる思いとは――。

※本稿は、森永卓郎『森永卓郎流 生き抜く技術 31のラストメッセージ』(祥伝社)祥伝社)の一部を再編集したものです。

経済アナリストの森永卓郎氏
写真=WireImage/ゲッティ/共同通信イメージズ
東京証券取引所で行われた『キャピタリズム〜マネーは踊る〜』の記者会見に出席した経済アナリストの森永卓郎氏(=2009年11月30日)

「前のめり」で生き抜こう

ガンで余命4カ月の宣告を受けたとき、医師が不思議そうに聞いてきた。

「たいていの患者は、余命宣告を受けると、それまで行けなかった旅行に出かけたり、高級レストランで食事をしたりと、残りの人生を楽しもうとする。それをなぜ、あなたはやろうとしないのですか」

私は、旅行や高級レストランに出かけたいと微塵も思わなかったし、実際に出かけてもいない。それは、残された人生で実行すべき、はるかに重要な課題を抱えていたからだ。課題は3つあった。

ひとつは書きかけだった書籍を仕上げること。ふたつ目はラジオの生放送を続けること。そして3つ目は、獨協大学で新しくゼミ(※)に迎える2年生をしっかりと育てることだ。

(※)2004年に獨協大学からの特任教授就任のオファーを受け、2006年からは正教員(教授)として教鞭をとった。特に、“はがねの心臓”を作るためプレゼンテーション力を徹底的に強化したことで、ゼミ生の就活成果が飛躍的に上がった。

最初に取りかかったのは、9割方完成していた書籍の仕上げだ。入院中のベッドのなかで口述したものを、IT技術者をしている次男がテキスト化してくれて、書籍は完成した。

書いてはいけない』というタイトルの書籍は、その後ベストセラーになり、重版を繰り返して30万部を超えている。

その本のあとも、書き残さなければならないことが次々に浮かんできた。そのため、1年間で出版した書籍は、共著も含めると20冊を超えた。いまは少しペースが落ちたが、相変わらずハイペースの執筆は続いている。

もうひとつのラジオは、リスナーさんからの膨大なメールに背中を押された。

彼らは、「あなたの声が生活の一部となっているのだから、勝手に休まないでほしい」と言ってきたのだ。私はラジオのレギュラーを6本やっているのだが、その声に押されて、体の状況にかかわらず一度も休まずに放送を続けている。