※本稿は、森永卓郎『森永卓郎流 生き抜く技術 31のラストメッセージ』(祥伝社)祥伝社)の一部を再編集したものです。

「前のめり」で生き抜こう
ガンで余命4カ月の宣告を受けたとき、医師が不思議そうに聞いてきた。
「たいていの患者は、余命宣告を受けると、それまで行けなかった旅行に出かけたり、高級レストランで食事をしたりと、残りの人生を楽しもうとする。それをなぜ、あなたはやろうとしないのですか」
私は、旅行や高級レストランに出かけたいと微塵も思わなかったし、実際に出かけてもいない。それは、残された人生で実行すべき、はるかに重要な課題を抱えていたからだ。課題は3つあった。
ひとつは書きかけだった書籍を仕上げること。ふたつ目はラジオの生放送を続けること。そして3つ目は、獨協大学で新しくゼミ(※)に迎える2年生をしっかりと育てることだ。
(※)2004年に獨協大学からの特任教授就任のオファーを受け、2006年からは正教員(教授)として教鞭をとった。特に、“鋼の心臓”を作るためプレゼンテーション力を徹底的に強化したことで、ゼミ生の就活成果が飛躍的に上がった。
最初に取りかかったのは、9割方完成していた書籍の仕上げだ。入院中のベッドのなかで口述したものを、IT技術者をしている次男がテキスト化してくれて、書籍は完成した。
『書いてはいけない』というタイトルの書籍は、その後ベストセラーになり、重版を繰り返して30万部を超えている。
その本のあとも、書き残さなければならないことが次々に浮かんできた。そのため、1年間で出版した書籍は、共著も含めると20冊を超えた。いまは少しペースが落ちたが、相変わらずハイペースの執筆は続いている。
もうひとつのラジオは、リスナーさんからの膨大なメールに背中を押された。
彼らは、「あなたの声が生活の一部となっているのだから、勝手に休まないでほしい」と言ってきたのだ。私はラジオのレギュラーを6本やっているのだが、その声に押されて、体の状況にかかわらず一度も休まずに放送を続けている。