大学卒業後、私は公認会計士を目指して東京・水道橋にある専門学校に通った。電卓片手にテキストや問題集に向き合う毎日で、定期的な収入はまったくなかった。それゆえ、ポケットに入っているお金といえば、小銭ばかり。当然、レストランで贅沢するわけにはいかず、立ち食いソバ屋に自然と足が向いた。

そんな私がよく暖簾をくぐったのが、学校から歩いて5分ほどのところにある神田・古本屋街の小さな店だ。鰻の寝床のような店構えで、7、8人が並ぶといっぱいのカウンターの向こうでは、60代の頑固そうなオヤジさんが1人で黙々とソバを茹でていた。学生街でもあり、昼時になると、いつも店の外には5、6人の客が待っていた。

(伊藤博之=構成 ライヴ・アート=図版作成)