全国でも数少ない女性の「競り人」になる
価格が決まる要因は、物量だけではない。商品が欲しがられているかどうか、買い手の表情を感じ取りながら判断する必要もある。
「競りが膠着(こうちゃく)したタイミングで、買い手が『上やり(最高値)』を出してくれて、すかさずストーンと落とす。そういう瞬間は、気持ちがいいですね」
競りには「手やり」のほかに、現場ならではの専門用語がある。
例えば、少ない商品を多くの買い手が欲しがっている状況を「もがき」と呼ぶ。
対して商品が多く、思ったように買い手がつかない状況は「なやみ」と表現される。
「今日はもがいているから、少し待ちながらいこう」
「お客さんたちがなやんでるな。ちょっと積極的に売っていくか」
などと考えながら、臨機応変に競りを進めていくわけだ。
森田さんが全国でもまだ数の少ない女性の競り人になったのは、2015年のことだった。
宮城県の加美市に生まれ育った彼女が、福島の大学を出て東京青果に就職したのは5年前。仙台市で開かれた同社の会社説明会に参加した際、採用担当者の優しい雰囲気に好感を抱いた。
職場となる市場を初めて見たときは、夜明け前からにぎわうその活気に圧倒された。東京湾の臨海に広がる大田市場は、40万平方メートルの敷地を誇り、1日に約3500tの野菜・果実が取り扱われる。
かなりの速度で行き交うターレ(荷役用の車両)、帽子と作業着姿で電話をしたり声を張り上げたりしながら、ひっきりなしに動き回る市場関係者たち――。
「なんだか、すごいところだなあ、と思ったものです」
東京青果の本社はこの市場内の事務棟にある。以来、近くの寮に入った彼女は、朝5時に起きて6時すぎ頃に出社している。
「最初の3年間は見習い同然で、先輩について品物のチェックや競りのやり方を見ながら覚えていきました。少しずつ細かな商品を任されて仕事を覚え、ついにピーマンを1人で担当できることになったときは、うれしかったです」