40代後半で、新たな出発
最初に「激変」を痛感したのは成田雅与氏(50)だった。それまでの約14年間、社長をはじめとした役員の秘書をしていた彼女はダイバーシティ担当を命じられたとき、「どうして私が?」と驚いた。
それまで、パワーポイントを使って資料を作成したこともなければ、人前でプレゼンしたこともなかった。いわゆる「バリキャリ」からはほど遠い人生を歩んできた彼女は自己主張もそれほど強いタイプではなく、どちらかといえば、周囲に対して気配り・目配りのできる女性だった。
そんな彼女が突然、統合の翌年に立ち上がった「ダイバーシティ推進グループ」のグループリーダーに任命された。「こんな歳としになってこんなことが起こるのか……」と、本人も驚く人事だった。
経験がないため、最初は随分と手探りだった。グループリーダーと言っても部下はなし。人事総務本部に属してはいるが、実際に「採用」や「教育」、「制度づくり」を担うわけではない。ダイバーシティ推進に必要なのは人事施策、人材育成、環境整備、風土醸成だとわかったが、これをたった1人で回すのは不可能だと感じた成田氏は、各部署に応援を頼むことにした。
人事施策と人材育成、環境整備に関しては、人事部門からそれぞれのリーダーを選出してもらい、彼らが実動部隊になった。残る風土醸成に関しては、彼女自身が中心となり、各管轄の人事部門からメンバーを選び出してもらい、組織を横断する人事部会を立ち上げた。グローバル企業の多くは、ダイバーシティを推進する初期の段階で、女性たちの自主的ネットワークを立ち上げている。LIXILも「ウイメンズ・ネットワーク」を発足、経営幹部と従業員が対話する「ダイバーシティ・ミーティング」もスタートしている。
「過渡期ですから、違和感があるように見えることがあるのは否定しません。新しいことをすれば、必ず反作用は起こりますが、そこはあまり気にしないようにしています」と成田氏は言う。社長秘書をしていた彼女は、幹部の考え方もすんなりと理解した。もしも、このポジションに就いたのが優秀でも自我が強すぎる女性だったら、こううまくはいかなかっただろう。そう思わせる雰囲気が、彼女にはある。
藤森氏は言う。
「暮らしの中のありとあらゆる製品に人工知能が組み込まれる時代は、すぐそこまで来ている。これまで想定していなかったIT企業が、我々の強力なライバルになる可能性もある」