自民党の支持基盤への切り込みはやっている

【塩田】アベノミクスが効果を上げていないのは、産業政策や規制政策、構造改革など、官僚機構が握り続けるミクロ経済政策に切り込めないのが大きな原因では。

【渡辺】ミクロ政策は効果が出るのに5年くらいかかります。思い切ったことができていないという指摘もあります。自民党の支持基盤への切り込みは既得権益に関係する族議員をいかに抑え込むかがポイントです。農協改革では、農協中央会という既得権益集団を解体する法律を通した。本当に解体されるかどうかは今後の運用次第で、株式会社の農地の保有を解禁しないとか不十分な点は確かにあります。一方、自民党の支持基盤だった電力、エネルギーの世界でも小売りの電力自由化を断行しました。今後、発送電分離をどこまで徹底していくかが鍵ですね。

既得権益と統制型システムの背景にある官僚機構については、内閣人事局が第2次安倍内閣でスタートしたのが大きい。第1次内閣時代に私がつくった人事局プランよりもはるかにマイルドですが、それでも各府省の幹部人事にグリップをかける点でかなり威力を発揮していますね。私が着目したのは内閣人事局長の人選でした。警察官僚出身の杉田和博さんという事務の官房副長官が起用されるのではと言われましたが、実際には初代が加藤勝信さん(現一億総活躍担当相)、2代目が萩生田光一さんで、政務の官房副長官が兼務しています。党人派の安倍直系が内閣人事局長を握っている。ここがミソです。仲間内人事はさせないぞという強いメッセージを発しています。

以前だったら、増税見送りと言うと、財務省が政治活動をやって増税派に根回しし、倒閣工作みたいなことをやりかねなかった。今は人事を握られているから、おとなしくしているという状況でしょう。からめ手で規制改革にもつなげていける類の話です。

内閣人事局の機能強化は、ぜひお薦めしたいですね。抜擢も降格もあるというところまで行くと、驚天動地の改革につながると思います。年功序列人事があるために、いろいろな統制型の仕組みが必要になる。天下りで人を送り込んでいくことと統制はセットの話です。岩盤規制の基を断たなければいけない。ミクロの構造改革は、実は公務員制度改革と表裏一体の話と私は理解しています。

【塩田】2度目の安倍政権は、1度目の失敗の教訓を生かして、政権運営の要諦を修得しているようにも見えます。

【渡辺】2回目の安倍内閣は1回目と比べて非常に戦略的です。狡猾になったと言う人もいます。1回目は発足10ヵ月後に参院選があり、時間がなかったため、天下り規制を入れた公務員制度改革を通すとき、正面突破作戦だったわけですが、「自爆テロ」が起きた。

国会の会期を2週間延長し、参院選を1週間ずらして通しましたが、役所が人事で動かすのが天下りで、国家公務員法改正案はその人事をやってはいかんという法案ですから、役所の抵抗はすごかった。安倍さんはとにかく法案を通そうとして、事実、通ったのですが、通すと決断したときから何が起きたかというと、もっとも出来の悪い公務員制度だった旧社会保険庁(現日本年金機構)から、でたらめの「消えた年金記録」が次々とリークされたんです。当時の民主党にもたらされて、長妻昭さん(後に厚生労働相)が国会でリーク情報を基に質問するたびに安倍内閣の支持率が下がっていった。自民党幹事長だった中川秀直さんは「これは自爆テロ攻撃」と言いました。

古来、戦略論の定石は、正面突破ではなく、すべて間接アプローチです。奇襲攻撃あり、背面・側面攻撃ありで、2度目の安倍内閣は非常に上手になっています。霞が関との全面バトルを回避しながら、少しずつではありますが、改革を進めているという印象です。

渡辺喜美(わたなべ・よしみ)
元みんなの党代表・元内閣府特命担当相(規制改革・金融)
1952(昭和27)年3月、栃木県那須郡西那須野町(現那須塩原市)生まれ(64歳)。栃木県立大田原高校、早稲田大学政治経済学部政治学科、中央大学法学部を卒業。83年から父・渡辺美智雄(副総理、外相、蔵相などを歴任)の秘書を務める。95年に死去した父の後継者として96年の総選挙に自民党公認で栃木3区から出馬し、初当選(以後、2012年の総選挙まで小選挙区で6期連続当選)。1990年代後半の金融危機のとき、「政策新人類」の一人に数えられ、自民党内で頭角を現した。2006年に第1次安倍内閣で規制改革・公務員制度改革担当特命相、07年に金融担当特命相に就任。08年に麻生首相への批判を強め、09年に自民党を離党してみんなの党を結党し、代表に就任。14年に『週刊新潮』の報道がきっかけで8億円の借入金問題が露見し、代表を辞任。離党者続出でみんなの党は解党となる。14年総選挙に無所属で出馬したが、落選した。16年5月におおさか維新の会に入党し、参院選出馬を表明した。著書は『反資産デフレの政治経済学』など多数。落選後、ダイエットで12キロ減量に成功し、スリムに。「以前はよく怒鳴り散らすことがあったけど、落選後はなくなった」と笑いながら漏らす。
(尾崎三朗=撮影)
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