しかし太ったところで、彼らに「なんとかしなきゃ」という危機感は薄い。つまりダイエットをするのも面倒くさい。それでますます太るというわけだ。

ある看護師さんの話によると、「下流の患者ほど病気になっても治そうとしない」という。健康は、よりよい人生を送るための基本である。ところがその意識が低いということは、極端に言えば、「別にいつ死んだってかまわない」という投げやりな気持ちが潜んでいるとも考えられる。もしそうだとしたら、彼らにとって、標準体重をオーバーするくらいのことは、たいした問題ではないのだろう。

下流の人たちは準備や段取りが苦手

先日私は、ワーキングプアの若者代表として人気の作家、雨宮処凜と話す機会があり、そのとき何気なくこう言った。

「雨宮さんのまわりにいるようなお金がない人たちは、ハンバーガーとかカップラーメンばかり食べてないで、ジャガイモとかキャベツを茹でて食べればいいんじゃないの?」

『下流は太る!こんな暮らしがデブの素』(扶桑社)(写真左)『富裕層の財布 誰も知らないお金の使い方』(写真中)『日本溶解論 この国の若者たち』(プレジデント社)(写真右)など、三浦展氏は数々の“格差”に関する提言や執筆などを精力的に行っている。
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『下流は太る!こんな暮らしがデブの素』(扶桑社)(写真左)『富裕層の財布 誰も知らないお金の使い方』(写真中)『日本溶解論 この国の若者たち』(>>プレジデント社)(写真右)など、三浦展氏は数々の“格差”に関する提言や執筆などを精力的に行っている。

すると、「ああいう人たちは、ガスの火をつけたことがないんです」と言う。これには絶句した。つまり親が基本的な生活能力を教えていないのだ。子どもの教育に熱心な親は、勉強もさせるが、一方で体力づくりや食育にも熱心だ。しかし子どもに無関心な親は、子どもがゲーム漬けだろうとスナック菓子を食べすぎだろうと、どうでもいい。さらにひどい親になると、レトルトカレーを温めないでそのまま食べたりしているという。このような環境に育てば、食に関する知識も興味もなくなって当然だ。

したがって、育ち盛りの子どもがいるのに、「最近、手作りの料理が食卓に並ばなくなったな」という家庭は要注意である。母親ができないなら、父親が台所に立って料理のイロハを実践してみせる必要があるだろう。