失敗の事例があったのに540億円を無駄にした
クールジャパン機構が540億円の累積損失を抱える中、2026年8月、経済産業省は新たな予算要求を見送ることにした。日本のコンテンツは、世界で高く評価されている。それをさらに支援して発展させようというのは、目的が明確で成功しそうに見える。ところがうまくいかなかった。
巨額投資が失敗したにもかかわらず、政府は、日本のコンテンツ産業(ゲーム、アニメ、マンガ、音楽、実写映画)の海外売上高を2023年の5.8兆円から33年までに20兆円に拡大することを目指して350億円を投入するという。新たな補助金を考える前に、なぜうまくいかなかったかを、まず考えるべきだ。
そもそも日本のマンガやアニメ、あるいは実写映画も、なんら政府の支援を受けずに成長してきた。マンガやアニメは大人の偏見と闘い、むしろ大人や政府に邪魔されながら発展してきた。『鉄腕アトム』をはじめとする手塚治虫マンガの哲学性、つげ義春の独創性、『フランダースの犬』のように母国で忘れられた作品を掘り起こし、かつ、壮大な世界観をもった宮﨑アニメのような芸術作品が生まれて、評価が確立した。その間、マンガの巨匠には経済的に成功した人々も多かったが、アニメ制作に関わる人々は、経済的には恵まれないままに放置されていた。
成功すると、政府や素性のわからない人々が寄ってくる。アニメはテレビや劇場に提供されるものであるから、芸能界にも似ている。そこはやりがい搾取の世界である。そういう世界に、予算を取ったが何をしていいかわからない役人が入ってきた。
クールジャパン機構に先立つ取り組みとして、2011年に設立されたANEW(All Nippon Entertainment Works)がある。官民ファンドである産業革新機構からの100%出資で設立された同社の目的は、「日本の物語のハリウッド映画化を促進することを通じて、日本の映画、放送コンテンツなどの知的財産の海外展開の成功事例を加速させる」ということだった。ところが、ただ一つの映画化もできず、出資額の全額の22億円を失って2017年にただ同然で民間のベンチャーキャピタルに売却された。
映画企画開発コンサルタントのヒロ・マスダ氏は『日本の映画産業を殺すクールジャパンマネー』(光文社)で、失敗の原因は、経済産業省が映画ビジネスの特性を理解していないことによると指摘している。映画は一本ごとに才能とお金を集めて作られるものである。通常、プロデューサーは企画、脚本、監督・主演の決定、現実の制作、広告、配給という段階ごとに資金を集める。ところが、会社を作ってそのスタッフに高給を払いながら、まったく映画化ができなかった。段階ごとにお金を払うことをしなかったからだ。
日本映画の直接制作費は、1本あたり約3億〜4億円という(※1)。興行収入が過去最高を記録した2025年でさえ、興行収入10億円以上の邦画は38本にとどまる(日本映画製作者連盟)。しかも興行収入からは映画館と配給会社の取り分が差し引かれ、製作側に戻るのはその一部にすぎない。国内市場で回収できる額に限りがある以上、製作費もその範囲に収まらざるをえない。
※1:総務省情報通信政策研究所「メディア・ソフトの制作及び流通の実態に関する調査」(令和8(2026)年度)より。直接制作費以外に宣伝・配給経費といった間接費が約3億円かかる。
アメリカでも、ハリウッドの大作でなければ製作費は数十億円程度である。日本より予算規模は大きいとはいえ、企画を売り込んだときに許容されるコストは、せいぜい製作費の5%以下だろう。ところが、ANEWは7本の企画で22億円、一本当たり3億円余を使って、何の成果も上げられなかった。
ANEWの失敗は2017年にはもう明らかになっている。これに学んで止めておけば22億円の損失で済んだ。しかし、何も学ぶことなく、540億円を溶かしてしまった。ANEWの実態を知らされた当時の財務省職員は、ANEWが本来やってはいけない投資をしていることも確認したうえで、「財務省としては何もできない」と答えたとマスダ氏は同書で紹介している。
官民ファンドの成功は半導体ルネサスのおかげ
以上で説明したことは、官民ファンドが成果を上げられずに終わった典型的な例である。
官民ファンドとは、政府と民間企業が共同出資で設立した株式会社等を通じて、民間の事業に対し出資や貸し付けなどを行うものである。
官民ファンドの全体を見ると、2025年3月末までの累計で、政府出資が2・2兆円、民間出資が0.9兆円、政府民間の合計が3.1兆円、政府保証が5.8兆円となっている。うち実投融資額は5.3兆円、累積損益は0.7兆円のプラスとなっている。現在、14の官民ファンドがあり(※2)、その内容は多岐にわたっているが、もっとも重要な産業革新機構の実績を見ると、多くが失敗で、ルネサスエレクトロニクスの売却で1.3兆円の利益を上げたのが特大の成功例である。
※2:14のファンドのうち、利益が出ているのは産業革新投資機構(5952億円)、中小企業基盤整備機構(628億円)、地域経済活性化支援機構(1461億円)、民間資金等活用事業推進機構(56億円)、耐震・環境不動産形成促進事業(67億円)、日本政策投資銀行を通じた特定投資業務(712億円)の6ファンドに限られる。
官民ファンド全体での利益は0.7兆円なのだから、官民ファンド全体の利益もルネサスエレクトロニクスの成功に依拠している。これでは目利き能力の高さで成功したのか、偶然なのかが判然としない。
予算は他人の金で、失敗したからといって責任を取らされるわけでもない。予算を認めた財務省も政治家も、予算を認めたという責任があるから、失敗を追及すれば自分にも跳ね返る。だから、責任を取らされることはない。
このような役人体質は、すべての政府予算に共通だ。東日本大震災で、土地をかさ上げし、高台の土地を造ったが、その土地造成にかかった費用は、家を含まない土地だけの費用で一戸当たり3058万円にも上る。地元にわずかに高い土地はいくらでもある。そういうところに住宅を立てれば上物だけの費用で済むのに、とんでもない無駄遣いをしたあげくの復興特別所得税は今も続いている。
利益を求めるなら民間に任せ、政府は何もしないほうが良い。中国がレアアースで経済的威圧を行うから、政府は何もしないわけにはいかないのはわかる。半導体や造船が国家安全保障に直結するのも理解できる。それなら、基金ではなく、年限を定めた補助金で行うべきだ。もちろん、中国の威圧がなくなるとも思えないので、年限を定めてはダメだという議論があるかもしれない。その場合は、世界価格の5割増しまで補助金を払い続けるという定率補助金という考え方もありうる。補助金であれば、国会で毎年審議できる。
コンテンツ産業の振興も同じだ。そもそも、日本に良いものがあるのだから、基本は民間に任せる。世界で注目してくださいとお願いし、また、注目されたときに、海外の悪い業者に著作権などで騙されないように援助するだけなら、いくらもかからない。
『キャプテン翼』の飛躍は政府のおかげではない
たとえば、世界の編集者や映画プロデューサーを日本に招待して日本のコンテンツを見せる。一人200万円で100人を招待しても2億円しかかからない。悪い業者に騙されないように著作権などで弁護士を雇う費用を補助することも考えられる。1件500万円としても20件で1億円である。著作権侵害と戦うことも必要だ。場合によっては1件数千万円かかるが、日本のコンテンツを守るというゴールが明確で正当性がある。
ほかのやり方もある。日本の映画が海外の一流映画祭で受賞すれば多くの日本人は喜ぶ。オリンピックの金メダルと同じだ。多くの発展途上国は、金メダルの受賞者に高額の報奨金を払う。受賞監督に、映画祭の格に応じて、数億円の報奨金を渡せば、より良いものを作ってくれるかもしれない。報奨金は、次回の作品のための費用の一部として支払う。官民ファンドにお金を流すよりマシだろう。これらをすべて含めても、クールジャパンに必要な費用は、数十億円で十分だろう。
政府がお金を出せばうまくいくと考えるのは間違いである。そもそも1981年に連載が始まった『キャプテン翼』は日本政府のおかげで世界に飛躍したわけではない。世界のサッカーファンの心に刺さったから飛躍したのだ。
政府が何を知っていて、何をできるかを考えるべきだ。財務省は無駄なお金を使わせないという本来すべきことをしてほしい。野党がしっかり見張ることも有効である。そのためには野党が、「週刊文春」だけでなく、新書ぐらいは読んで勉強することも必要だ。
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2026年11月13日号)の一部を再編集したものです。
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