自身の死亡診断書を書いてみる
実際の死亡診断書と同じ様式の用紙に、「死亡したとき」「死亡したところ及びその種別」「死亡の原因」などを具体的に書き込んでいく。
まず死亡時期。
参加者には70代、80代を書く人が多かった。私の取材では、平均寿命や親が亡くなった年齢を目安にする人が中心だ。
しかし最近、80代半ばの姉妹が二人とも真顔で「100歳まではいけると思います」と話すのを聞いて、本当に「人生100年時代」が来ているのだと驚いた。彼女たちの母親が90歳半ばまで存命だったことも根拠になっていた。
私も希望を込めて、「死亡したとき」の欄には、100歳になる日付を書いた。せっかくこの世に生まれてきたのだから、行けるところまで生きてみたいと考えたのだ。
次には「死亡したところ」。
場所へのこだわりはないが、できれば自宅か介護施設で家族や知人に見送られたい。冒頭で触れたように孤立死が増えているが、一人ではやはり寂しい。
欄には「昭和の懐かしい歌謡曲を聴きながら、幼い頃から食べてきた地元の豚まんを食べつつ最期を迎えたい」と書き添えた。最期にどんな音楽を聴き、何を口にするのかと考えると、少しは死が手触りのあるものになる。
そして死因。痛みや苦しみは勘弁してほしいので「老衰」を選んだ。100歳まで生きれば、老衰も望めるかもしれないと勝手に考えたのである。
70代後半には「小さな生前葬」が必要
このワークを通して痛感したのは、最後に残るのは家族や周囲の人たちとの関係だということだ。
たとえ100歳まで生きるとしても、80歳を超えれば心身の衰えは目立ってくる。重い病気や認知症になってからでは、人生を振り返り、人に思いを伝える時間も体力も残っていないだろう。周りに協力してくれる人もいないかもしれない。
そこで、まだ心身ともに自立している70代後半に、親しい人たちに集まってもらい、「小さな生前葬」を開きたいと考えた。
お世話になった人たちに面と向かって感謝を伝え、これまでの人生を総括して自分の言葉で語って聞いてもらう。それを終えた後は「おまけの時間」として、気兼ねなく好きなように生きればいいのではないか。

