「アダルトチルドレン」と向き合うこと
何度も働いては体を壊したり、人間関係が悪化したり、うつ状態に陥ったりして働いたり辞めたりを繰り返しつつも、斉田さんは6年で生活保護を卒業し、現在は京都の知的障害の人のグループホームで生活をサポートする仕事をしている。
しかし「いつまた辞めて生活保護に逆戻りするかわからない」と言い、こう語った。
「大人になって僕は『アダルトチルドレン』という言葉を知り、妙に納得しました。さらに僕の人生には、『躁鬱』という激しい気分の波まで現れました。調子のいい時には何でもできるような気がするのに、調子悪い時には一気に落ちます。昨日まで見えていた未来が消えるのです」
うつになると、自分がこれまで犯した失敗。続かなかった仕事。壊れた人間関係。借金。逃げたこと。傷つけた人。傷つけられたこと。すべてが一度に頭の中へ押し寄せてくるのだという。
「『人生どこで狂ったのだろう。もっと普通の家庭に生まれていたら違ったのだろうか』と思うこともあります。でも人生に『もしも』はありません。ただ一つ確かなことは、僕は子どもの頃から、幸せな瞬間でさえ『いつ壊れるんだろう』と考えてしまう癖がありました。長い間、それは自分の性格だと思っていましたが、最近は『僕は弱虫な性格だった』のではなく、『怖かっただけ』なのだと気が付きました」
子ども時代に逃げる場所がなかった。だから耐えるしかなかった。そしてその時に身につけた「ただ耐える」という生き方を、大人になってからも遂行し続けているのかもしれない。
嫌な仕事でも耐える。怒鳴られても耐える。人間関係が拗れても耐える。限界まで耐えて、最後には全部を投げ出して逃げる。斉田さんの人生はその繰り返しだった。
だが、言葉を尽くして自分を表現できたなら。戦えたなら、守れたなら、結果は違っていただろう。
「もしかすると僕はずっと、あの家から逃げ続けていたのかもしれません。両親だけではなく、あの部屋の隅で震えていた、幼い頃の自分自身から。けれどどこまで逃げても、その子どもだけは僕についてきました。なぜなら、僕の中にいるからです。今、あの警察が来た夜、ただ震えていた僕の隣に座ることができたなら、両親の怒鳴り声がやむまでただ寄り添って、『怖いな』と声をかけてあげたい。あの頃の僕が一番ほしかったのは、僕の恐怖に共感してくれる誰かだったのです」
生活保護生活に戻ることは、逃げることではない。
まずは「双極障害」や「子どもの頃の自分」と向き合い、病から少しでも快復することが、仕事や人間関係を長続きさせるために先決なのではないだろうか。
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